・・・この間九州から出て来ましてね、今このさむいのに、代々木の方で夜警をやって居るのですよ。夜中は震えますってさ。そりゃあひどく震うんですって。余り震えるからって、うちへ来なさいましたから古洋服だの靴まで貰ってよろこんでかえりなさいましたよ。偉い・・・ 宮本百合子 「一九二三年冬」
・・・此の間の晩の事を思い浮べて又今の話をきいて身ぶるいの出るほどいやな心持になった光君はそこをはなれてしずかに更けて行く庭の夜景色を欄干によって見て居られたがさとくなった耳にフト何とも云われなく美くしい琴の音がひびいて来た。かすかにごくかすかに・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 多喜子は参吉の腕をじっと自分の胸にひきよせて、息をのむようにこの冷たい、荒い、夜景の美しさに見とれた。「思い出すわ、私。――ほら、私たちが一緒になって間もなく、大塚の公園へ行ったとき、何かの工事で、やっぱり大きな石がちらかっている・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫