・・・「そうでないさ、東京者にこの趣味なんぞが解るもんか」「田舎者にだって、君が感じてる様な趣味は解らしない。何にしろ君そんなによくば沢山やってくれ給え」「野趣というがえいか、仙味とでも云うか。何んだかこう世俗を離れて極めて自然な感じ・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・それらには野趣があるし、又粗野な、時代に煩わされない本能や感情が現われているからそれでいいけれど、所謂その時代の上品な詩歌や、芸術というものは、今から見ると、別に深い生活に対する批評や考案があったものとも思われないものが多い。それは詩歌のみ・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・とも云われない始末で、旅行に興味を与える主なる部分の「野趣」というものは甚だ減殺されて来たようです。と云って風雅がって汽車の線路の傍をポクポク歩くなんぞという事は、ヒネクレ過ぎて狂気じみて居ますから、とても出来る事では有りません。して見ると・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・ 対岸に見える村落、野趣のある釣橋、河原つづきの一帯の平地、遠い近い山々――それらの眺望は先生方を悦ばせた。日あたりの好いことも先生方を悦ばせた。この谷間は割合に豊饒で、傾斜の上の方まで耕されている。眼前に連なる青田は一面緑の波のように・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・この方がのんびりして野趣がある。 市役所の庭に市民が群集している。その包囲の真中から何かしら合唱の声が聞こえる。かつて聞いた事のない唱歌のような読経のような、ゆるやかな旋律が聞こえているが何をしているか外からは見えない。一段高い台の上で・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・出入する客の野趣を帯びた様子などに、どうやら『膝栗毛』の世界に這入ったような、いかにも現代らしくない心持になる。これもわが家に妻孥なく、夕飯の膳に人の帰るのを待つもののいないがためである。 ○ そもそもわたくし・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・京都人の日常生活の細やかさ、手奇麗さなど、風景でも大ざっぱで野趣のある関東から来た人は、誰でも賞め、価値を認める。全く或る点よい。だが、其なら京都の人は本当に情趣豊かな風流人かというと、さて、と思う。面白いことに、生粋の京都生れ、京都暮しの・・・ 宮本百合子 「京都人の生活」
・・・ おかぼの穂がみのり、背高いキビが野趣にみちて色づき初冬に近づいたこの頃、大理石の鴎外はべつのかぶりものをもった。それはアンペラである。丁寧に、繩の結びめも柔かくアンペラで頭部をかくまわれた。雪と霜とで傷められるのに忍びないのであろう。・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
出典:青空文庫