・・・鉢植えの椰子も葉を垂らしている。――と云うと多少気が利いていますが、家賃は案外安いのですよ。 主筆 そう云う説明は入らないでしょう。少くとも小説の本文には。 保吉 いや、必要ですよ。若い外交官の月給などは高の知れたものですからね。・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・―― ――椰子の花や竹の中に 仏陀はとうに眠っている。 路ばたに枯れた無花果といっしょに 基督ももう死んだらしい。 しかし我々は休まなければならぬ たとい芝居の背景の前にも。 ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・実は椰子の聳えたり、極楽鳥の囀ったりする、美しい天然の楽土だった。こういう楽土に生を享けた鬼は勿論平和を愛していた。いや、鬼というものは元来我々人間よりも享楽的に出来上った種族らしい。瘤取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・四 あるとき、南の方の国から、香具師が入ってきました。なにか北の国へいって、珍しいものを探して、それをば南の国へ持っていって、金をもうけようというのであります。 香具師は、どこから聞き込んできたものか、または、いつ娘の姿・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・四 ある時、南の方の国から、香具師が入って来ました。何か北の国へ行って、珍らしいものを探して、それをば南の方の国へ持って行って金を儲けようというのであります。 香具師は、何処から聞き込んで来ましたか、または、いつ娘の姿を・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・などと言えば、香具師めくが、やはりここはあくまでこの言葉でなくてはならぬ。それほど、なにからなにまで香具師の流儀だったのだ。 だいいち、服装からして違う。随分凝ったもんだ。一行三人いずれも白い帷子を着て、おまけに背中には「南無妙法蓮華経・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・が、この男はまだ芸術家になりきらぬ中、香具師一流の望に任せて、安直に素張らしい大仏を造ったことがある。それも製作技術の智慧からではあるが、丸太を組み、割竹を編み、紙を貼り、色を傅けて、インチキ大仏のその眼の孔から安房上総まで見ゆるほどなのを・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 詐欺師や香具師の品玉やテクニックには『永代蔵』に狼の黒焼や閻魔鳥や便覧坊があり、対馬行の煙草の話では不正な輸出商の奸策を喝破しているなど現代と比べてもなかなか面白い。『胸算用』には「仕かけ山伏」が「祈り最中に御幣ゆるぎ出、ともし火かす・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 五 熱帯魚 喫茶店の二階で友人と二人で話していた。椰子やゴムの木の鉢と入り乱れて並んだ白いテーブルを取りかこんだ人々の群れには、家族連れも多かったが、ともかくも自分らのように不景気な男ばかりの仲間はまれであるように・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ねむの花のような緋色の花の満開したのや、仏桑花の大木や、扇を広げたような椰子の一種もある。背の高いインド人の巡査がいて道ばたの木の実を指さし「猿が食います」と言った。人糞の臭気があるというドリアンの木もある。巡査は手を鼻へやってかぐまねをし・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫