・・・既にこの数年の間にかほど進歩の機運が熟するとしたなら、突然それを阻害する事情の起らない限りは、文芸院などという不自然な機関の助けを藉りて無理に温室へ入れなくても、野生のままで放って置けば、この先順当に発展するだけである。我々文士からいっても・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・凡て野生の食われぬものは小さいのが多い。大きい方も西瓜を除けばザボンかパインアップルであろう。椰子の実も大きいが真物を見た事がないから知らん。○くだものと色 くだものには大概美しい皮がかぶさっておる。覆盆子、桑の実などはやや違う。その皮・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・其辺には野生の小さい草花が沢山咲いていて、向うの方には曼珠沙華も真赤になっているのが見える。人通りもあまり無い極めて静かな瘠村の光景である。附添の二人は其夜は寺へ泊らせて貰うて翌日も和尚と共にかたばかりの回向をした。和尚にも斎をすすめ其人等・・・ 正岡子規 「死後」
私が茨海の野原に行ったのは、火山弾の手頃な標本を採るためと、それから、あそこに野生の浜茄が生えているという噂を、確めるためとでした。浜茄はご承知のとおり、海岸に生える植物です。それが、あんな、海から三十里もある山脈を隔てた・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ 携帯口糧のように整理された文化の遺産は、時にとって運ぶに便利であろうけれども、骨格逞しく精神たかく、半野生的東洋に光を注ぐ未来の担いてを養うにはそれだけで十分とは云い切れまいと思える。 三代目ということは、日本の川柳で極めてリアル・・・ 宮本百合子 「明日の実力の為に」
・・・しめりかけの芝草がうっとりする香を放つ。野生の野菊の純白な花、紫のイリス、祖母と二人、早い夕食の膳に向っていると、六月の自然が魂までとけて流れ込んで来る。私はうれしいような悲しいような――いわばセンチメンタルな心持になる。祖母は八十四だ。女・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 第十四話、毛生動物の話は、やはりアメリカの生んだ著名な野生動物観察者であったシートンの「動物記」の面白さを懐しく想起させずにはおかない。シートンの熊の生活の報告、狐の話その他何と鮮明に語られていることだろう。ところが、シートンの相当な・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ ストリンドベリーは、偽善に対する彼のはげしい憤りと女性の動物性への侮蔑から、下層の男の野性を、征服者として登場させている。こういう実例は、日本の現実の中にも少くない。しかしローレンスは、人間としての女性をはずかしめる者としてではなく、・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 今やっと鈴虫が鳴きはじめました。野生な声でケチくさくて可愛らしい。今、私が机に向って坐っている。スエ子がわきへ小さい椅子をもって来ていろいろ話して居ります。 八月二十七日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より〕 八月十・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・の入口の上に、今葛の葉が一房垂れている。野生のなでしこ、山百合が咲いている。フダーヤはその岩屋に入って、凄く響く声の反響をききながら、「大塔宮が殺される時の声もこんなに響いたんだろうな」といった。隅に、巨大な蜘蛛が巣をかけていた。そ・・・ 宮本百合子 「この夏」
出典:青空文庫