・・・ 浚渫船のデッキから、八つの目が私に向いた。「何丸だ?」「万寿丸よ!」「あんな泥船ならペイドオフの方が、よっ程サッパリしてらあ。いい事をしたよ」 彼等は、朝の潮に洗われた空気に相応しく快活に笑った。 それは、負傷さえ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・大きな梨ならば六つか七つ、樽柿ならば七つか八つ、蜜柑ならば十五か二十位食うのが常習であった。田舎へ行脚に出掛けた時なども、普通の旅籠の外に酒一本も飲まぬから金はいらぬはずであるが、時々路傍の茶店に休んで、梨や柿をくうのが僻であるから、存外に・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・今度は八つか九つ位の女の子の顔で眼は全く下向いて居る。額際の髪にはゴムの長い櫛をはめて髪を押さえて居る。四たび変って鬼の顔が出た。この顔は先日京都から送ってもろうた牛祭の鬼の面に似て居る。かようにして順々に変って行く時間が非常に早くかつその・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜のあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。 河原のいちばん下流の方へ州のようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていまし・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・とにかく豚はすぐあとで、からだを八つに分解されて、厩舎のうしろに積みあげられた。雪の中に一晩漬けられた。 さて大学生諸君、その晩空はよく晴れて、金牛宮もきらめき出し、二十四日の銀の角、つめたく光る弦月が、青じろい水銀のひかりを、そこらの・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・昭和初頭から、それがわずか十年たらずの短い間に八つ裂にされてしまったまでの日本の左翼運動とその思想が、今日かえりみて、多くの人々に未熟であり、機械的であり、模倣であり、主観的であったと批判される根本の原因は、一方に日本が、どんなに封建的な専・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ 八つになる弟が強請んで種を下してもらった□□(はやって置いた篠竹では足りなかったものと見えて、後の槇の梢まで這い上って、細い葉の間々に肉のうすい、なよなよした花が見えて居る。 槇と云う名からして中年の寛容な父親を思わせる様なのに、・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・ 今二つの目の主は七つか八つ位の娘である。無理に上げたようなお煙草盆に、小さい花簪を挿している。 白い手拭を畳んで膝の上に置いて、割箸を割って、手に持って待っているのである。 男が肉を三切四切食った頃に、娘が箸を持った手を伸べて・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・「八つ時分三味線屋からことを出し火の手がちりてとんだ大火事」と云う落首があった。浜町も蠣殻町も風下で、火の手は三つに分かれて焼けて来るのを見て、神戸の内は人出も多いからと云って、九郎右衛門は蠣殻町へ飛んで帰った。 山本の内では九郎右衛門・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・白馬の連嶺は謙信の胸に雄荘を養い八つが岳、富士の霊容は信玄の胸に深厳を悟らす。この武士道の美しい花は物質を越えて輝く。しかれども豪壮を酒飲と乱舞に衒い正義を偏狭と腕力との間に生むに至っては吾人はこれを呪う。 吾人はこの例を一高校風に適用・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫