・・・顔は一見ゴリラに似た、東北生れの野蛮人なのです。しかし目だけは天才らしい閃きを持っているのですよ。彼の目は一塊の炭火のように不断の熱を孕んでいる。――そう云う目をしているのですよ。 主筆 天才はきっと受けましょう。 保吉 しかし妙子・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・僕はこの通り野蛮人だから、風流の何たるかは全然知らない。しかし若槻の書斎へはいると、芸術的とか何とかいうのは、こういう暮しだろうという気がするんだ。まず床の間にはいつ行っても、古い懸物が懸っている。花も始終絶やした事はない。書物も和書の本箱・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ コリント風の柱、ゴシック風の穹窿、アラビアじみた市松模様の床、セセッションまがいの祈祷机、――こういうものの作っている調和は妙に野蛮な美を具えていました。しかし僕の目をひいたのは何よりも両側の龕の中にある大理石の半身像です。僕は何かそ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・帳場は二度の会見でこの野蛮人をどう取扱わねばならぬかを飲み込んだと思った。面と向って埒のあく奴ではない。うっかり女房にでも愛想を見せれば大事になる。「まあ辛抱してやるがいい。ここの親方は函館の金持ちで物の解った人だかんな」 そういっ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ すなわち真の詩人とは、自己を改善し自己の哲学を実行せんとするに政治家のごとき勇気を有し、自己の生活を統一するに実業家のごとき熱心を有し、そうしてつねに科学者のごとき明敏なる判断と野蛮人のごとき卒直なる態度をもって、自己の心に起りくる時・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 二 ここに、杢若がその怪しげなる蜘蛛の巣を拡げている、この鳥居の向うの隅、以前医師の邸の裏門のあった処に、むかし番太郎と言って、町内の走り使人、斎、非時の振廻り、香奠がえしの配歩行き、秋の夜番、冬は雪掻の手伝いなどした親仁が住ん・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・……夜番は駆けつけますわ、人は騒ぐ。気の毒さも、面目なさも通越して、ひけめのあるのは大火傷の顔のお化でしょう。 もう身も世も断念めて、すぐに死場所の、……鉄道線路へ……」「厠からすぐだろうか。」「さあね、それがね、恥かしさと死ぬ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 表通りで夜番の拍子木が聞える。隣村らしい犬の遠ぼえも聞える。おとよはもはやほとんど洗濯の手を止め、一応母屋の様子にも心を配った。母屋の方では家その物まで眠っているごとく全くの寝静まりとなった。おとよはもう洗い物には手が着かない。起って・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ なぜなら、人間は、天使より野蛮であったからです。そして、我が子の身の上に、どんなあやまちがないともかぎらないからでありました。「どうぞ、お母さま、わたしを一度下界へやってくださいまし。」と、幾度となく、その小さな天使の一人は、お母・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・こうした悲情な物理力に対して、また狂暴なる野蛮力に対して、互に戦うことに於て、いかなる正義が得られ、いかなる真理の裁断が下され得るかということであります。 正義のために殉じ、真理のために、一身を捧ぐることは、もとより、人類の向上にとって・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
出典:青空文庫