・・・ 一九三〇年に入ってから、ヒトラーのナチスは総選挙で多数党となり、ドイツの全人民が知識階級をもこめて、その野蛮な軛の下に苦しむ第一歩がふみ出された。どうして、第一次ヨーロッパ大戦後のドイツに、ヒトラーの運命が、そんな人気を博したのであっ・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・父の洋行留守、夜番がわりにと母が家で食事を与えて居たと云うに過ぎなかったのではなかろうか。その頃の千駄木林町と云えば、まことに寂しい都市の外廓であった。 表通りと云っても、家よりは空地の方が多く、団子坂を登り切って右に曲り暫く行くと忽ち・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・のときには独逸の国境へやられた。革命前、既に上ジリンスキー村の宗教反対運動の指導者であった。農民の言葉での所謂「物しり」である。今はコンムーナ「五月の朝」の夜番をつとめ、なかなかの美術や文学ずきで、自分流にそういうものを愛している。 パ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・今はもうあなたがお寝になってから六、七時間も経っている時間です。夜番の拍子木の音が響いている。[自注22]国府津――百合子の実父たちの海岸の家。[自注23]太郎――百合子の甥。 十二月二十六日 〔市ヶ谷刑務所の顕・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ こんな心配をして、お七夜さわぎをして、夜番をするのだからアッコオバチャンだって気もたつわ。無理ないでしょう? おまけにね、どてらの心配もあるのよ。辞書をひくなんというやさしいことではなくて田中さんという浅草の女の人がいつになったら・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 女、前の、夜番。 二十三日 みな安積から帰る。大宮から自動車で来、やけ跡も見ない故か、ふわふわたわいない心持。 二十四日 夜からひどいひどい雨、まるで吹きぶりでひとりでにバラックや仮小屋のひとの身の上を思い・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・と云って開けて遣りそうだと云うので、結局夜光りの朝寝坊の私が夜番をする事になった。「ああいいともいいとも私が居りゃ泥棒だって敬遠して仕舞うさ。などと云いながら、少し夜が更けると、皆の暑がるのもかまわず、すっかり戸を閉・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・窓の外に夜番の武人が持つ「たいまつ」の細長いほのおが二つ前後してかなりゆるゆるよぎって行くのが見える。思いに沈んだ様に王は話す。老人は王の体を静かに見上げ見下しして居る。王 わしはそなたが、わし位の年頃であった時の世の・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・新感覚が清少納言に比較して野蛮人のごとく鈍重に感じられると云うことは、清少納言の官能が文明人のごとく象徴的混迷を以って進化することが不可能であったと感じられることと等しくなる。生活の感覚化 或る人は云う。「感覚派も根本から感・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・壁に挾まれた柩のような部屋の中にはしどけた帯や野蛮なかもじが蒸された空気の中に転げていた。まもなくここで、疲れた身体を横たえるであろう看護婦たちに、彼は山野の清烈な幻想を振り撒いてやるために、そっと百合の花束を匂い袋のように沈めておいて戻っ・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫