・・・をかぶって失敗した仁和寺の法師の物語は傑作であるが、現今でも頭に合わぬイズムの鼎をかぶって踊って、見物人をあっと云わせたのはいいが、あとで困ったことになり、耳の鼻ももぎ取られて「からき命まうけて久しく病みゐる」人はいくらでもある。 心の・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・気の毒にもあり可笑しくもあれば終にそのままに止みぬ。後にて聞けば甲山と云う由。あたりの山と著しく模様変れるはいずれ別に火山作用にて隆起せるなるべし。これのみは樹木黒く茂りたり。蝉なくや小松まばらに山禿たりなど例の癖そろ/\出・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・冬の闇夜に悪病を負う辻君が人を呼ぶ声の傷しさは、直ちにこれ、罪障深き人類の止みがたき真正の嘆きではあるまいか。仏蘭西の詩人 Marcel Schwob はわれわれが悲しみの淵に沈んでいる瞬間にのみ、唯の一夜、唯の一度われわれの目の前に現われ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・それに加えて、わたくしは俄に腸を病み、疇昔のごとく散行の興を恣にすることのできない身となった。またかつて吟行の伴侶であった親友某君が突然病んで死んだ。それらのために、わたくしは今年昭和十一年の春、たまたま放水路に架せられた江北橋を渡るその日・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・余が修善寺で生死の間に迷うほどの心細い病み方をしていた時、池辺君は例の通りの長大な躯幹を東京から運んで来て、余の枕辺に坐った。そうして苦い顔をしながら、医者に騙されて来て見たと云った。医者に騙されたという彼は、固より余を騙すつもりでこういう・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・ 中村は口を噤んだ。「ハハハハハ。誰かが待ってるのかい。いいよ。待ってる方は痺れを切らしても、逃げると云う事はないからね。今行くよ」「お前、又長くなるのじゃあるまいね」 病み疲れた、老い衰えた母は、そう訊ねることさえ気兼ねし・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・おれは癲癇病みもやってみた。口にシャボンを一切入れて、脣から泡を吹くのだ。ところが真に受ける奴は一人も無い。馬鹿にして笑ってけつかる。それにいつでも生憎手近に巡査がいて、おれの頸を攫んで引っ立てて行きゃあがった。それから盲もやってみた。する・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・「そうヨ、去年は皇太子殿下がおいでになるというてここも道後も騒いだのじゃけれど、またそれが止みになったということで、皆精を落してしもうたが、ことしはお出になるのじゃというて待っておるのじゃそうな。」「それじゃちょっと出て来よう。」「マアお待・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・「二人は一緒に若返りました――彼女は恋する乙女に、彼は恋する若者に、一緒に人生に歩み入るところの――そして互いに生涯の別れを告げているところの――病みほつれた老人と死につつある老婦ではありませんでした。」 カールはもう一度丈夫になれ・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・『静かなる愛』はそういう特別な女の心、母の心の露が生活の朝夕にたまった泉のような詩集である。病みぬいた魂の平安と感じやすさというような趣のみちた作品である。特に、『静かなる愛』の後半には、そういう一つの境地に達した人生感、人生への哲・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
出典:青空文庫