・・・お互に心持は奥底まで解っているのだから、吉野紙を突破るほどにも力がありさえすれば、話の一歩を進めてお互に明放してしまうことが出来るのである。しかしながら真底からおぼこな二人は、その吉野紙を破るほどの押がないのである。またここで話の皮を切って・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ しかし、僕も男だ、体面上、一度約束したことを破る気はない。もう、人を頼まず、自分が自分でその場に全責任をしょうよりほかはない。 こうなると、自分に最も手近な家から探ぐって行かなければならない。で、僕は妻に手紙を書き、家の物を質に入・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・しかしこの場を立ち上がって、あの倒れている女学生の所へ行って見るとか、それを介抱して遣るとかいう事は、どうしてもして遣りたくない。女房はこの出来事に体を縛り付けられて、手足も動かされなくなっているように、冷淡な心持をして、時の立つのを待って・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・また、送っていただいて、破るといけないから、どうか、もう送らないでください。」と、書いてありました。「そんなに、あんな雑誌がめずらしいのかなあ。」 三郎さんは、活動もなければ、りっぱな店もない、電車もなければ、自動車も通らない、にぎ・・・ 小川未明 「おかめどんぐり」
・・・そして、一方には、やるせなき思いを遣るために、デカダンの色彩濃厚なる芸術が現われるような気さえする。 けれど、決して、それのみでない。勇敢に清新な人間的の理想に燃える芸術が、百難を排して尚お興起するのを否むことができない。また、そうなく・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・朝ごはんの前に使いに遣ると、使いが早いというのです。その代り使いから帰ると食べすぎるというので、香の物は恐しくまずく漬けてある。香の物がまずいと、お粥も食べすぎないだろうという心の配り方です。しかし、これはその家だけの習慣ではなく、あとであ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・と、赤い顔する細君の前へ押遣るのであった。(何処からか、救いのお使者がありそうなものだ。自分は大した贅沢な生活を望んで居るのではない、大した欲望を抱いて居るのではない、月に三十五円もあれば自分等家族五人が饑彼にはよくこんなことが空想されたが・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・軽蔑と冷嘲の微笑を浮べて黙って彼の新生活の計画というものを聴いていたが、結局、「それでは仕度をさせて一両日中に遣ることにしましょう」と言うほかなかった。今度だけは娘の意志に任せるほかあるまいと諦めていたのだ。四「俺の避難所は・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・そして今もし突如この平衡を破るものが現われたら自分はどうなるかしれないということを思っていた。だから吉田の頭には地震とか火事とか一生に一度遭うか二度遭うかというようなものまでが真剣に写っているのだった。また吉田がこの状態を続けてゆくというの・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・年上の子、先に立ちてこれらに火をうつせば、童らは丸く火を取りまきて立ち、竹の節の破るる音を今か今かと待てり。されど燃ゆるは枯草のみ。燃えては消えぬ。煙のみいたずらにたちのぼりて木にも竹にも火はたやすく燃えつかず。鏡のわくはわずかに焦げ、丸太・・・ 国木田独歩 「たき火」
出典:青空文庫