・・・この嚢を突き破る錐は倫敦中探して歩いても見つかりそうになかったのです。私は下宿の一間の中で考えました。つまらないと思いました。いくら書物を読んでも腹の足にはならないのだと諦めました。同時に何のために書物を読むのか自分でもその意味が解らなくな・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・特に「今は秋、その秋の汝の胸を破るかな!」の悲壮な声調で始まつてる「秋」の詩。及び鴉等は鳴き叫び風を切りて町へ飛び行くまもなく雪も降り来らむ――今尚、家郷あるものは幸福なるかな。 の初聯で始まる「寂寥」の・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・例えばちょっとした調子はずれの高い言葉も、調和を破るために禁じられる。道を歩く時にも、手を一つ動かす時にも、物を飲食する時にも、考えごとをする時にも、着物の柄を選ぶ時にも、常に町の空気と調和し、周囲との対比や均斉を失わないよう、デリケートな・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・此辺より見れば女大学は人に無理を責めて却て人をして偽を行わしめ、虚飾虚礼以て家族団欒の実を破るものと言うも不可なきが如し。我輩の所見を以てすれば、家内の交には一切人為の虚を構えずして天然の真に従わんことを欲するものなり。嫁の身を以て見れば舅・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・あるいは謹んで天に事うるなどのこともあらんなれども、これは神学の言にして、我輩が通俗の意味に用うる道徳は、これを修めんとして修むべからず、これを破らんとして破るべからず、徳もなく不徳もなき有様なれども、後にここに配偶を生じ、男女二人相伴うて・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・されども歌人皆頑陋褊狭にして古習を破るあたわず、古人の用い来りし普通の材料題目の中にてやや変化を試みしのみ。曙覧、徳川時代の最後に出でて、始めて濶眼を開き、なるべく多くの新材料、新題目を取りて歌に入れたる達見は、趣味を千年の昔に求めてこれを・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・時に俄に身、空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱声を絶す。汝等これを食するに、又懺悔の念あることなし。 斯の如きの諸の悪業、挙げて数うるなし。悪業を以ての故に、更に又諸の悪業を作る。継起して遂に竟ることなし。昼は則ち日光を懼れ又人及諸の・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・文学を遣ると云ったのを思い出し空恐ろしい気もする。 夜中に見た夢が悪かったのか、男が余りがさつであった為か、私の気分は愈々悪化した。 宮本百合子 「或日」
・・・台所から来るか、二階から来るか、勇敢にばりりと雨戸を引破るか、知れたものではない。来るか来ないか分らないものを十中九分の九まで来ないとさえ知れながら――私は馬鹿女だ! しかし、村でも到頭人殺しが出るようになったか。こそこそ泥棒も滅多には・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・自分から俺は悪七兵衛景清と名のって、髪を乱して、妻子にわざとむごい言葉を与えて、自らを敵意のうちに破る景清の姿と、その若くない荒繩をひきずった犬の姿とには、何か印象のなかで通じるものをもっている。 おい、お前は景清のようだよ。知ってるか・・・ 宮本百合子 「犬三態」
出典:青空文庫