・・・なぜなら、自然のみが、どこに行っても、莞爾として、遊子を懐にいれて欺かないからだ。しかし、変らないというばかりでは、このことは説明されない。一脈故郷の空や、原野と、ながめの相通ずるものがあるがためである。 初期のロマンチストを目して、笑・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・終生独身で過ごした、B医師はバラック式であったが、有志の助力によって、慈善病院を建てたのは、それから以後のことであります。もちろん、老人の志も無とならなかったばかりか、B医師は、老人の好きだったらしいすいせんを病院の庭に植えたのでありました・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・彼は自分のことを、「空想と現実との惨ましき戦いをたたかう勇士ではあるまいか」と、思ったりした。そして今や現実の世界を遠く脚下に征服して、おもむろに宇宙人生の大理法、恒久不変の真理を冥想することのできる新生活が始ったのだと、思わないわけに行か・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・その中にアメリカ兵と喧嘩をして、アメリカ兵を軍刀で斬りつけた勇士があった。 それは彼等をひどく喜ばした。砲兵の将校だった。 肩のさきをピストルでやられていたが、彼は、それよりさきに、大男のメリケン兵を三人ぶち斬っていた。 中尉は・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・果して屈静源は有司に属して追理しようとしたから、王廷珸は大しくじりで、一目散に姿を匿してしまって、人をたのんで詫を入れ、別に偽物などを贈って、やっと牢獄へ打込まれるのを免れた。 談はこれだけで済んでも、かなり可笑味もあり憎味もあって沢山・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ハーモディヤスとアリストゲイトンの二人は、希臘のアゼンの町の勇士で、そこの暴君のピシストラツスという人の子供らを切り殺した人たちです。この二人の像がアゼンに立っていました。アンティフォンは大胆にもそれを引き合いに出して、ディオニシアスにあて・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・あんまり人間をとって食べるので、或る勇士がついに之を退治して、あとの祟りの無いように早速、大明神として祀り込めてうまい具合におさめたという事が、その作陽誌という書物に詳しく書かれているのでございます。いまは、ささやかなお宮ですが、その昔は非・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・爆弾三勇士。私はその美談に少しも感心しなかった。 私はたびたび留置場にいれられ、取調べの刑事が、私のおとなしすぎる態度に呆れて、「おめえみたいなブルジョアの坊ちゃんに革命なんて出来るものか。本当の革命は、おれたちがやるんだ。」と言った。・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・ その言葉が、あの女のひとの耳にまでとどかざる事、あたかも、一勇士を葬らわんとて飛行機に乗り、その勇士の眠れる戦場の上空より一束の花を投じても、決してその勇士の骨の埋められたる個所には落下せず、あらぬかなたの森に住む鷲の巣にばさと落ちて・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・臆病者というものは、勇士と楯のうらおもてぐらいのちがいしかないものらしい。「いいえ。見たことがないわ。でもいま、そのかた、百花楼に居られるって。あなた、おともだち?」 私は、ほっと安心した。それでは、私のことだ。百花楼のおなじ名前の・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
出典:青空文庫