・・・さすがの勇士たちもこの時は淋しいそうだ。新聞の座談会で勇士のひとりがそう言っていた。そのような謂わば古井戸の底の孤独感を私もその夜、五合の酒を飲みながらしみじみ味った事である。操作きわめて拙劣の、小心翼々の三十五歳の老兵が、分会の模範として・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・どだいそんな、歴史的なものじゃあ無えような気がする。有史以前から、お前たちには、そんな強さがあったんだ。そうしてまた、これから、この地球に人類の存在するかぎり、いや、動物の存続する限り、お前たちは、永久に強いんだ。あなたは、はずかしくな・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ あの颯爽たる雄姿、動作の俊敏、天才的の予言!」などという馬鹿な事になるようですが、私はそのヒットラーの写真を拝見しても、全くの無教養、ほとんどまるで床屋の看板の如く、仁丹の広告の如く、われとわが足音を高くする目的のために長靴の踵にこっそり・・・ 太宰治 「返事」
・・・いや、それから生徒の有志たちと、まちのイタリヤ軒という洋食屋で一緒に晩ごはんをいただいて、それから、はじめて私は自由になれるわけなのです。会場からまた拍手に送られて退出し、薄暗い校長室へ行き、主任の先生と暫く話をして、紅白の水引で綺麗に結ば・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・ 最後に「爆弾三勇士」があったが、これも前に一見した新派俳優のよりもはるかにおもしろく見られた。人間がやっていると思うと、どうしても感じる矛盾や不自然さが、人形だと、そう感じられない。あれで、もし背景などをもう少しくふうしてあれほど写実・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・そしてそれらの勇士を弔う唱歌の女学校生徒の合唱などがいっそう若い頭を感傷的にしたものである。一つは観客席が暗がりであるための効果もあったのである。同じ効果は活動写真の場合においても考慮に加えらるべきであろう。 疾くに故人となった甥の亮が・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・とにかく今日のいわゆるファイティング・スピリットの旺盛な勇士であって、今日なら一部の人士の尊敬の的になったであろうに、惜しいことに少し時代が早過ぎたために、若きウェルテルやルディン達にはひどく毛嫌いされたようであった。 先達て開かれた「・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・くりくり坊主の桃川如燕が張り扇で元亀天正の武将の勇姿をたたき出している間に、手ぬぐい浴衣に三尺帯の遊び人が肱枕で寝そべって、小さな桶形の容器の中から鮓をつまんでいたりした。西裏通りへんの別の寄席へも行った。伊藤痴遊であったかと思う、若いのに・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・これらの勇士達はこれからどこの国のどこの道の果てまで行くのであろうか。おそらくどこへ行っても、行く先々に勇敢な彼等のための天地が開けて行きそうな気がする。しかし自分はと云うとこの広い世界の片隅に住み古した小さな雀の巣のような我家へ帰って行く・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・空の勇士、選りぬきのエースが手馴れの爆撃機を駆って敵地に向かうときの心持には、どこかしら、亀さんが八かましやの隠居の秘蔵の柿を掠奪に出かけたときの心持の中のある部分に似たものがありはしないか。こんな他愛のないことを考えることもある。それはと・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
出典:青空文庫