・・・小麦を粉にする日ならペムペルはちぢれた髪からみじかい浅黄のチョッキから木綿のだぶだぶずぼんまで粉ですっかり白くなりながら赤いガラスの水車場でことことやっているだろう。ネリはその粉を四百グレンぐらいずつ木綿の袋につめ込んだりつかれてぼんやり戸・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・従って、部分部分の雰囲気は画面に濃く、且つ豊富なのであるが、この作の総体を一貫して迫って来る或る後味とでも云うべきものが、案外弱いのは何故だろう。私は、部分部分の描写の熱中が、全巻をひっくるめての総合的な調子の響を区切ってしまっていると感じ・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・植村婆さんは、若い其等の縫いてがいやがる子供物の木綿の縫いなおしだの、野良着だのを分けて貰って生計を立てて来たのであった。沢や婆のいるうちは、彼女よりもっと年よりの一人者があった訳だ。もっと貧しい、もっと人に嫌がられる者があった。その者を、・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ 彼女は、朝の髪を結うとき、殆どひとりでに改めてその華やかな文字を眺めなおしただろう。きっと寂しい眼付をして窓の外を眺め、髪を結いかけていた肱を一寸落さなかったと如何うして云える? 起きてから、彼女は断った招宴について一言も云わなか・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・もう行ってよいのか悪いのか判断しかねて、厚い木綿に着ぶくれた膝の辺を一層もじもじさせて此方を視ているれんの様子は、彼に怒鳴りつけたいような野蛮な衝動を感じさせた。「第一あの切口上が堪らない」彼は心の中でむかついた。「変に黒く光る眼じゃあ・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 自分で結う丸髷をきれいに光らせて縞の筒袖の上から黒無地の「モンペ」をはいて居る。草鞋を履いてでも居そうなのに、白足袋に草履があんまり上品すぎる。 足の方を見ると、神社の月掛けを集めて廻る男の様な気がする。年の割にしては小綺麗に見え・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 娘は、いかにも娘らしい古風な島田にでも結うような娘ならば人から何か云われると耳たぶまで赤くしてたたみの目をかぞえながらこもったような声で返事をする。髪でも結ってくれるので満足して一通りの遊芸は心得て居て手の奇麗な目の細くて切れのいい唇・・・ 宮本百合子 「妙な子」
・・・舌の戦ぎというのは、ロオマンチック時代のある小説家の云った事で、女中が主人の出た迹で、近所をしゃべり廻るのを謂うのである。 木村は何か読んでしまって、一寸顔を蹙めた。大抵いつも新聞を置くときは、極 apathique な表情をするか、そ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・亀蔵はその時茶の弁慶縞の木綿綿入を着て、木綿帯を締め、藍の股引を穿いて、脚絆を当てていた。懐中には一両持っていた。 亀蔵は二十二日に高野領清水村の又兵衛と云うものの家に泊って、翌二十三日も雨が降ったので滞留した。そして二十四日に高野山に・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・右左に帆木綿のとばりあり、上下にすじがね引きて、それを帳の端の環にとおしてあけたてす。山路になりてよりは、二頭の馬喘ぎ喘ぎ引くに、軌幅極めて狭き車の震ること甚しく、雨さえ降りて例の帳閉じたれば息籠もりて汗の臭車に満ち、頭痛み堪えがたし。嶺は・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫