・・・そんな時はツァウォツキイも「ああ、おれはなんと云う不しあわせものだろう」とこぼしている。 ある時ツァウォツキイの家で、また銭が一文もなくなった。ツァウォツキイはそれを恥ずかしく思った。そしてあの小さい綺麗な女房がまたパンの皮を晩食にする・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・そして先年尊氏が石浜へ追い詰められたとも言い、また今日は早く鎌倉へこれら二人が向ッて行くと言うので見ると、二人とも間違いなく新田義興の隊の者だろう。応答の内にはいずれも武者気質の凜々しいところが見えていたが、比べ合わせて見るとどうしても若い・・・ 山田美妙 「武蔵野」
コンミニズム文学の主張によれば、文壇の総てのものは、マルキストにならねばならぬ、と云うのである。 彼らの文学的活動は、ブルジョア意識の総ての者を、マルキストたらしめんがための活動と、コンミニストをして、彼らの闘争と・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・「小説なんと云うものを読むかね。」 エルリングは頭を振った。「冬になると、随分本を読みます。だが小説は読みません。若い時は読みました。そうですね。マリイ・グルッベなんぞは、今も折々出して見ますよ。ヤアコップセンは好きですからね。どう・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・と云おうと思ったが言う暇がなかった。女が構わずに語り続けるからである。そしてその女の声は次第に柔かに次第に夢のようになって、丁度極く遠い遠い所から聞えて来るようである。 夢のような女の物語はこうである。「内には真白い間が一間ございま・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・従って彼の描写は簡素の限度だと言う事もできる。 ストリンドベルヒの頭は恐ろしくよい。ゾラの頭はきわめて平凡である。五 告白の欲望はともすれば直ちに製作衝動と間違えられる。もとより体験の告白を地盤としない製作は無意義である・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫