・・・を、年配、風采、あの三人の中の木戸番の一人だの、興行ぬしだの、手品師だの、祈祷者、山伏だの、……何を間違えた処で、慌てて魔法つかいだの、占術家だの、また強盗、あるいは殺人犯で、革鞄の中へ輪切にした女を油紙に包んで詰込んでいようの、従って、探・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 分けても、真白な油紙の上へ、見た目も寒い、千六本を心太のように引散らして、ずぶ濡の露が、途切れ途切れにぽたぽたと足を打って、溝縁に凍りついた大根剥の忰が、今度は堪らなそうに、凍んだ両手をぶるぶると唇へ押当てて、貧乏揺ぎを忙しくしながら・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・省作は庭場の上がり口へ回ってみると煤けて赤くなった障子へ火影が映って油紙を透かしたように赤濁りに明るい。障子の外から省作が、「今晩は、お湯をもらいに出ました」「まア省作さんですかい。ちとお上がんさい。今大話があるとこです」 とい・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 勿論、演壇または青天井の下で山犬のように吠立って憲政擁護を叫ぶ熱弁、若くは建板に水を流すようにあるいは油紙に火を点けたようにペラペラ喋べり立てる達弁ではなかったが、丁度甲州流の戦法のように隙間なく槍の穂尖を揃えてジリジリと平押しに押寄・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・天婦羅が揚るのも忘れて、何を取りに行ったのかと思っていると、やがて油紙に包んだものを持って降りて来た。紐をほどいて、「これです。一寸珍らしいもんですよ」 見れば阿部定の公判記録だった。「ほう? こんなものがあったの。どうしてこれ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・これは、私の結婚式の時に用いただけで、家内は、ものものしく油紙に包んで行李の底に蔵している。家内は之を仙台平だと思っている。結婚式の時にはいていたのだから仙台平というものに違い無いと、独断している様子なのである。けれども、私は貧しくて、とて・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・一刻も早く修理したくて、まだ空襲警報が解除されていないのに、油紙を切って、こわれた跡に張りつけましたが、汚い裏側のほうを外に向け、きれいなほうを内に向けて張ったので、妻は顔をしかめて、あたしがあとで致しますのに、あべこべですよ、それは、と言・・・ 太宰治 「春」
・・・ 金属と油脂類との間の吸着力の著しいことは日常の経験からもよく知られている。真鍮などのみがいた鏡面を水で完全に湿すのが困難であるのは、目に見えない油脂の皮膜のためである。こういう皮膜がいわゆる boundary lubrication ・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・そうして、普通人間の手に触れる物体は自然に油脂類のそういう皮膜でおおわれていて、それを完全に除去するのはなかなか容易でない事が知られている。そこで洗面鉢やコップなどにはほとんど当然にそういう皮膜があるものと仮定しなければならない。そうしてそ・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・などを陸軍の方から買ってもらう手筈をしたりしています、その前に南方ではビタミンBが命の親と聞いて、メタボリンを九〇〇錠送りました、が、あとから聞いたものはみんな体一つで何とかしのがなければならない時、油紙の氷ノウに入れて体につけていて、役に・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫