・・・「サ、百合ちゃんおぼえておいでかい、もう忘れてしまったんだろうけれど、この方が御まきさん、あなたは――御仙さんて御っしゃいましたっけか?」 娘さんにきくと合点をしたんで、「ほんとうにうちのは御てんで困るんですよ、何も出来ないくせ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・「其は荒木さんに都合がよいことだろうさ、けれども、始め、グランパは何と云った、自分は何も無く、何も出来ないものだけれども、全力を捧げて百合ちゃんの仕事を完成させる為に尽す、と云って寄来したじゃあないか、ちゃんと手紙も取ってある。「手・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・「貴方も、勿論、もう百合子からお訊きでしょうし、又斯う云う事になると云う位は、若い者でもないのだから前以て御存知だったでしょうが、一体、あの――何ですね、今度百合子が書いたものを、どうお思いです?」 彼女は、強いて落付き、足場を踏み・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
夜の八時ごろ、お隣の女中さんが柿の木の彼方から、お電話ですと呼んでくれた。出てみたら弟の家内で、いそがしいところ呼び立てて御免なさいね、百合ちゃん、四谷旭町――旭は九に日をのせた旭ね、そこの大久保ってところ知っていて? と・・・ 宮本百合子 「まちがい」
・・・そして、書いているものを見つけ、「それ、百合ちゃん、お前が書いたの?」というからそうだと答えたら、母は、「まあ、何だろ!」と、一種の表情で云い、その場でとりあげたのであったかどうか、ともかくそれっきり、その桃色リボンで綴じた・・・ 宮本百合子 「行方不明の処女作」
出典:青空文庫