・・・「感心に中々勇敢だな。」「まだ背は立っている。」「もう――いや、まだ立っているな。」 彼等はとうに手をつながず、別々に沖へ進んでいた。彼等の一人は、――真紅の海水着を着た少女は特にずんずん進んでいた。と思うと乳ほどの水の中に・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・雲母のような波を刻んでいる東京湾、いろいろな旗を翻した蒸汽船、往来を歩いて行く西洋の男女の姿、それから洋館の空に枝をのばしている、広重めいた松の立木――そこには取材と手法とに共通した、一種の和洋折衷が、明治初期の芸術に特有な、美しい調和を示・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 菊池はそういう勇敢な生き方をしている人間だが、思いやりも決して薄い方ではない。物質的に困っている人たちには、殊に同情が篤いようである。それはいくらも実例のあることだが公けにすべき事ではないから、こゝに挙げることは差し控える。それから、・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・こいつは上海の租界の外に堂々たる洋館を構えていたもんだ。細君は勿論、妾までも、………」「じゃあの女は芸者か何かかい?」「うん、玉蘭と言う芸者でね、あれでも黄の生きていた時には中々幅を利かしていたもんだよ。………」 譚は何か思い出・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ 自由意志と宿命とに関らず、神と悪魔、美と醜、勇敢と怯懦、理性と信仰、――その他あらゆる天秤の両端にはこう云う態度をとるべきである。古人はこの態度を中庸と呼んだ。中庸とは英吉利語の good sense である。わたしの信ずるところによ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・味噌漉の代理が勤まるというなんとか笊もある。羊羹のミイラのような洗たくせっけんもある。草ぼうきもあれば杓子もある。下駄もあれば庖刀もある。赤いべべを着たお人形さんや、ロッペン島のあざらしのような顔をした土細工の犬やいろんなおもちゃもあったが・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・階級といい習慣といい社会道徳という、我が作れる縄に縛られ、我が作れる狭き獄室に惰眠を貪る徒輩は、ここにおいて狼狽し、奮激し、あらん限りの手段をもって、血眼になって、我が勇敢なる侵略者を迫害する。かくて人生は永劫の戦場である。個人が社会と戦い・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・聳立った、洋館、高い林、森なぞは、さながら、夕日の紅を巻いた白浪の上の巌の島と云った態だ。 つい口へ出た。歯医師がと云ったがね。その時は四時過ぎです。 帰途に、赤坂見附で、同じことを、運転手に云うと、(今は少くなりました。こんなもん・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・なかなか勇敢に闘ったもんだ。この世界は広いけれど、ほんとうに俺たちの相手となるようなものは少ない。はじめから死んでいるも同然な街の建物や、人間などの造った家や、堤防やいっさいのものは、打衝っていっても、ほんとうに死んでいるのだから張り合いが・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・つぎにりこうなSがんと、勇敢なKがんがつづきました。そして、しんがりを注意深いBがんがつとめ、弱いものをば列の真ん中にいれて、長途の旅についたのであります。 冬へかけての旅は、烈しい北風に抗して進まなければならなかった。年とったがんは、・・・ 小川未明 「がん」
出典:青空文庫