・・・言い換えれば人間愛に対してどれ程までに其の作家が誠実であり、美に対してどれ程までに敏感であり、正義に対してどれ程までに勇敢に戦うかということにある。 事件の異常なる場合に際して、私達のそれに出遇った時の感情や、意志がまた著しく働くという・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・死んだやうになつてゐた数秒、しかし再び意識をとり戻した彼が、勇敢にも駈け出した途端に両手に煉瓦を持つて待ちぶせてゐた一人が、立てつづけに二個の煉瓦を投げつけ、ひるむところをまたもや背後から樫棒で頭部を強打したため、かの警官はつひにのめるやう・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・「いや、しかし、勇敢ですな」「でも、窓からでないと……。プラットホームで五時間も立ち往生してましたわ。おかげで……」「しかし、驚きましたなア。もっともロミオとジュリエットは窓から……」 と、言いかけて、白崎は赧くなっている女・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・色町に近くどこか艶めいていながら流石に裏通りらしくうらぶれているその通りを北へ真っ直ぐ、軒がくずれ掛ったような古い薬局が角にある三ツ寺筋を越え、昼夜銀行の洋館が角にある八幡筋を越え、玉の井湯の赤い暖簾が左手に見える周防町筋を越えて半町行くと・・・ 織田作之助 「世相」
・・・「そんなことを考えると、私は、織田氏の勇敢さを感ずる。織田氏程の人が、東京の感情に合うような細工が出来ない訳はないだろうし、そういう細工をすれば、というくらいのことを感じないわけはないと思うが、それにも拘らず、あの作品を書き送ったという・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・――低地を距てた洋館には、その時刻、並んだ蒼桐の幽霊のような影が写っていた。向日性を持った、もやしのように蒼白い堯の触手は、不知不識その灰色した木造家屋の方へ伸びて行って、そこに滲み込んだ不思議な影の痕を撫でるのであった。彼は毎日それが消え・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・その争議団が、官憲や反動暴力団を蹴とばして勇敢にモク/\と立ちあがると、その次には軍隊が出動する。最近、岐阜の農民の暴動に対して軍隊が出動した。先年の、川崎造船所のストライキに対して、歩兵第三十九聯隊が出動した。三十九聯隊の兵士たちは、神戸・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・ 珍しい、金目になるものを奪い取り、慾情の饉えを満すことが出来る、そういう期待は何よりも兵士達を勇敢にする。彼等は、常に慾情に飢え、金のない、かつかつの生活を送っていた。だから、自分に欠けているものがほしくてたまらなかった。そこの消息を・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・一方には、従順に、勇敢に、献身的に、一色に塗りつぶされた武者人形。一方には、自意識と神経と血のかよった生きた人間。 勿論、「将軍」に最も正しく現実が伝えられているか否かは、検討の余地のある問題であるが、こゝには、すくなくとも故意の歪曲と・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
出典:青空文庫