・・・白痴が羊羹を切るように世界の事が料理されてたまるものか。元来古今を貫ぬく真理を知らないから困るのサ、僕が大真理を唱えて万世の煩悩を洗ッてやろうというのも此奴らのためサ。マア聞き玉え真理を話すから。迂濶に聞ていてはいけないよ、真理を発揮してや・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・ われ/\の十一月七日を勇敢に闘った同志は、そのなかを大声で何か叫びながら、連れて行かれた。俺だちはその声が遠くなり、聞えなくなる迄、足踏みをやめなかった。 出廷 寒い冬の朝、看守が覗きから眼だけを出して、「・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・川は、ちょうどひき潮ですさまじい濁流がごうごうとうずまき、たぎっています。勇敢な高橋事務員は、その中へ決然一人でとびこんで、ようやく、向うの岸にひなんしていた船にたどりつき、船頭たちに、患者をはこんでくれるようにと、こんこんとたのみましたが・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 或人は、電車で神田神保町のとおりを走っているところへ、がたがたと来て、電車はどかんととまる、びっくりしてとび下りると同時に、片がわの雑貨店の洋館がずしんと目のまえにたおれる、そちこちで、はりさけるような女のさけび声がする、それから先は・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・富士山を見て居ると、きっと羊羹をたべたくなります。心にもない、こんなおどけを言わなければならないほど、私には苦しいことがございます。私も、もう二十六でございます。もう、あれから、十年にもなりますのね。ずいぶん勉強いたしました。けれども、なん・・・ 太宰治 「花燭」
・・・座敷。洋館なぞで、これがどの狂言にでも使われます。だから床の間の掛物は年が年中朝日と鶴。警察、病院、事務所、応接室なぞは洋館の背景一つで間に合いますし、また、云々。』――『チャプリン氏を総裁に創立された馬鹿笑いクラブ。左記の三十種の事物につ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・小説家としての私の愚見も、あるいは、ひょっとしたら、ひとりの勇敢な映画人に依って支持せられるというような奇蹟が無いものでもあるまい。もし、そのような奇蹟が起ったならば、これもまた御奉公の一つだと思われる。どんな小さい機会でも、粗末にしてはな・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・佐伯も上品に軽くお辞儀をして、「熊本が、いつもこんなに優しく勇敢であるように祈っています。」「佐伯君にも、熊本君にも欠点があります。僕にも、欠点があります。助け合って行きたいと思います。」私は、たいへん素直な気持で、そう言って泡立つビイ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・「絵葉書に針でもってぷつぷつ穴をあけて、ランプの光に透かしてみると、その絵葉書の洋館や森や軍艦に、きれいなイルミネエションがついて、――あれを思い出さない?」「僕は、こんなけしき、」私は、わざと感覚の鈍い言いかたをする。「幻燈で見たこと・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・していたのであるが、図の中央に王子のような、すこやかな青春のキリストが全裸の姿で、下界の動乱の亡者たちに何かを投げつけるような、おおらかな身振りをしていて、若い小さい処女のままの清楚の母は、その美しく勇敢な全裸の御子に初い初いしく寄り添い、・・・ 太宰治 「俗天使」
出典:青空文庫