・・・ 彼が何気なくある崖下に近い窓のなかを眺めたとき、彼は一つの予感でぎくっとした。そしてそれがまごうかたなく自分の秘かに欲していた情景であることを知ったとき、彼の心臓はにわかに鼓動を増した。彼はじっと見ていられないような気持でたびたび眼を・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・私はその夜床へはいってからの不眠や、不眠のなかで今の幸福に倍する苦痛をうけなければならないことを予感したが、その時私の陥っていた深い感動にはそれは何の響きも与えなかった。 休憩の時間が来たとき私は離れた席にいる友達に目めくばせをして人び・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・今度の仏像は御首をしくじるなんと予感して大にショゲていても、何のあやまちも無く仕上って、かえって褒められたことなんぞもありました。そう気にすることも無いものサ。」と云いかけて、ちょっと考え、「いったい、何を作ろうと思いなすったのか、・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ けれどもその夜はどういうわけか、いやに優しく、坊やの熱はどうだ、など珍らしくたずねて下さって、私はうれしいよりも、何だかおそろしい予感で、脊筋が寒くなりました。何とも返辞の仕様が無く黙っていますと、それから、しばらくは、ただ、夫の烈し・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ そのうちに、僕の不吉の予感が、そろそろとあたって来たのであった。三月が過ぎても、四月が過ぎても、青扇からなんの音沙汰もないのである。家の貸借に関する様様の証書も何ひとつ取りかわさず、敷金のことも勿論そのままになっていた。しかし僕は、ほ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・とんでもない事になるぞという予感があった。私は、この十年来、東京に於いて実にさまざまの醜態をやって来ているのだ。とても許される筈は無いのだ。「なあに、うまくいきますよ。」北さんはひとり意気軒昂たるものがあった。「あなたは柳生十兵衛のつも・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・というのは、実を言えば貴下と吉田さんにはそういった苦言をいつの日か聞かされるのではないかと、かねて予感といった風のものがあって、この痛いところをざくり突かれた形だったからです。然し、そう言いながらも御手紙は、うれしく拝見いたしました。そうし・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・振動の週期性、感官や運動機関の慣性と弾性と疲労とから来る心理的な週期性、なおまた人間常住の環境に現われる種々の週期性、そういういろいろな週期に対するわれわれの無意識的な経験と知識から生まれて来る律動の予感、あるいは期待がぐあいよく的確に満足・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・巻物に描かれた雲や波や風景や花鳥は、その背景となり、モンタージュとなり、雰囲気となり、そうしてきたるべき次の場面への予感を醸成する。そこへいよいよ次の画面が現われて観者の頭脳の中の連続的なシーンと「コインシデンス」をする。そうして観者の頭の・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・そうして、それからして、その方程式自身に対する漠然とした予感のようなものを持っているのである。それで、今もしここに一人のすぐれた超人間があって、それらの方程式の全体を把握し、そうしていろいろな可能な境界条件、当初条件等を插入して、その解を求・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫