・・・医科学生になるための予備試験などは止めた方がいいが、しかし将来教師になろうという人で、見込のないようなのは早く験出してやめさせる方がいいと云っている。これは生徒に寛で教師に厳な彼としてさもあるべきことだと著者が評している。 ここで著者は・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ある室へ来た時にそこのある窓の前にみんなを呼び集め、ベデカの中の一行をさしながら、「この窓から見ると景色がいいと書いてある」と言って聞かせた。一同はそうかと思って、この見のがしてならない景色を充分に観賞する事ができた。 私はこの人の学者・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ 月島丸が沈没して、その捜索が問題となった時に、中村先生がいろいろの考案をされて、当時学生であったわれわれがお手伝いをして予備実験をやった。なんでも大きなラッパのようなものをこしらえて、それをあの池の水中に沈め、別の所へ、小さなボイラー・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・ 明治二十七八年日清戦争の最中に、予備役で召集されて名古屋の留守師団に勤めていた父をたずねて遊びに行ったとき、始めて紡績会社の工場というものの見学をして非常に驚いたものである。祖母が糸車で一生涯かかって紡ぎ得たであろうと思う糸の量が数え・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・ 以上の事実を予備知識として、この芭蕉の句を味わってみるとなると「おりおりに」という初五文字がひどく強く頭に響いて来るような気がする。そして伊吹の見える特別な日が、事によると北西風の吹かないわりにあたたかく穏やかな日にでも相当するので、・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・しかし大多数の読者がこの点について一通りの予備知識を備えているものと仮定してもおそらくたいした不都合はあるまいと思う。 ついでながら、自分のような門外漢がこの講座のこの特殊項目に筆を染めるという僣越をあえてするに至った因縁について一言し・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・のシーンに関する予備知識を持たないのであるから、従って「その次」のシーンに対する好奇心も起こらない。結局トーキーの中のただ一片のカットを見物したと同じに、興味はただそれだけで泡のように消えてしまうのである。またある四つ辻で人々がけんかをして・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・今回は紙数の制限もあるので以上の予備的概論にとどめ、ただ多少の見込みのありそうな一つの道を暗示するだけの意味でしるしたに過ぎない。従って意を尽くさない点のはなはだ多いのを遺憾とする。ともかくもかかる研究の対象としては火山の名が最も適当なもの・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・道太は呟いたが、何か東京の方へ通信があって、それで呼び返すための電報じゃないかと、ちょっとそういう疑いも起こった。ここへ来てから、彼は東京へ一度しか音信をしていなかった。しかしその疑いは何の理由のないことは自分も承知していた。「いったい・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・彼は窓外を呼び過ぎる物売りの声と、遠い大通りに轟き渡る車の響と、厠の向うの腐りかけた建仁寺垣を越して、隣りの家から聞え出すはたきの音をば何というわけもなく悲しく聞きなす。お妾はいつでもこの時分には銭湯に行った留守のこと、彼は一人燈火のない座・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫