・・・ 津々浦々に海の幸をすなどる漁民や港から港を追う水夫船頭らもまた季節ことに日々の天候に対して敏感な観察者であり予報者でもある。彼らの中の古老は気象学者のまだ知らない空の色、風の息、雲のたたずまい、波のうねりの機微なる兆候に対して尖鋭な直・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・暴風や雷雨に対しては中央気象台に研究予報の機関が完備している。これらの設備の中にはいずれも最高の科学の精鋭を集めた基礎的研究機関を具備しているのである。しかるにまだ日本のどこにも一つの理化学的火災研究所のある話を聞いた覚えがないのである。・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ まず天気予報などがその一つである。これは今のところ一週間も前から予報を出す事は困難であり、またきのうの天気予報はきょうにとっては無意味であるから、どうしてもこれだけは日々に知らしてもらう必要がある。もっとも天気予報というもののほんとう・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・例えば天気予報などもある意味においてそうである。第一次の近似だけでもそのつもりで利用すれば非常に有益なものである。第二次第三次と進むには多大の努力と時日とを要する事は云うまでもない。これも学問を応用しようとする学者と、応用の結果を期待する世・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・そこには意志と称する非科学的な要素が強く作用しているために、一定の資料によって心理過程を単義的に予報する事が出来ない。従って、作者の心理過程の描写の正否を判断する標準が判然としていない。これは精神科学が物質科学ほどに堅固な地盤におかれていな・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・海流の研究の結果から氷洋の中に未見の島の存在を予報したこの人には「日光」や「カブキ」は問題にならなかった。地球磁力や気象の観測を受け持って来たただ一人の婦人部員某夫人は、男のように短く切りつめた断髪で、青い着物を着ていた。どこか小鳥のような・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・街路は整頓され、洋風の建築は起こされ、郊外は四方に発展して、いたるところの山裾と海辺に、瀟洒な別荘や住宅が新緑の木立のなかに見出された。私はまた洗練された、しかしどれもこれも単純な味しかもたない料理をしばしば食べた。豪華な昔しの面影を止めた・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・季節と共に風の向も変って、春から夏になると、鄰近処の家の戸や窓があけ放されるので、東南から吹いて来る風につれ、四方に湧起るラヂオの響は、朝早くから夜も初更に至る頃まで、わたくしの家を包囲する。これがために鐘の声は一時全く忘れられてしまったよ・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・ 彼のエイトキン夫人に与えたる書翰にいう「此夏中は開け放ちたる窓より聞ゆる物音に悩まされ候事一方ならず色々修繕も試み候えども寸毫も利目無之夫より篤と熟考の末家の真上に二十尺四方の部屋を建築致す事に取極め申候是は壁を二重に致し光線は天井よ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・そこで私はすべての印象を反対に、磁石のあべこべの地位で眺め、上下四方前後左右の逆転した、第四次元の別の宇宙を見たのであった。つまり通俗の常識で解説すれば、私はいわゆる「狐に化かされた」のであった。 3 私の物語は此所・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫