・・・正義はまだ日本の利害と一度も矛盾はしなかったらしい。 武器それ自身は恐れるに足りない。恐れるのは武人の技倆である。正義それ自身も恐れるに足りない。恐れるのは煽動家の雄弁である。武后は人天を顧みず、冷然と正義を蹂躙した。しかし李敬業の乱に・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・のために「主」を犠牲にした。 しかし、自分には、それが出来ない。自分は、「家」の利害だけを計るには、余りに「主」に親しみすぎている。「家」のために、ただ、「家」と云う名のために、どうして、現在の「主」を無理に隠居などさせられよう。自分の・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・一緒に飲んでいるものが利害関係のないのも彼れには心置きがなかった。彼れは酔うままに大きな声で戯談口をきいた。そういう時の彼れは大きな愚かな子供だった。居合せたものはつり込まれて彼れの周囲に集った。女まで引張られるままに彼れの膝に倚りかかって・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 単に利害勘定からいっても、私の父がこの土地に投入した資金と、その後の維持、改良、納税のために支払った金とを合算してみても、今日までの間毎年諸君から徴集していた小作料金に比べればまことにわずかなものです。私がこれ以上諸君から収めるのは、・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ そしてまた自分が英雄だ、自己の利害を顧みずに義務を果す英雄だと思った。 奥さんは夫と目を見合せて同意を表するように頷いた。しかしそれは何と返事をして好いか分からないからであった。「本当に嫌でも果さなくてはならない義務なのだろう・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・国家ちょう問題が我々の脳裡に入ってくるのは、ただそれが我々の個人的利害に関係する時だけである。そうしてそれが過ぎてしまえば、ふたたび他人同志になるのである。 二 むろん思想上の事は、かならずしも特殊の接触、特殊の機会・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・年とって、感情が涸渇し、たゞ利害のみに敏く、羞恥をすら感ぜぬようになって、醜悪の姿をいつまでも晒らすものでない。こう真に、考えたことも、やはり、当時であったのでした。 たとえ、其の人の事業は、年をとってから完成するものだとはいうものゝ、・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
思想問題とか、失業問題とかいうような、当面の問題に関しては、何人もこれを社会問題として論議し、対策をするけれど、老人とか、児童とかのように、現役の人員ならざるものに対しては、それ等の利害得失について、これを忘却しないまでも、兎角、等閑・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・ 情実と利害関係の複雑な文化機関と、その文壇的の声望は、以上の如き芸術に、決して正しい評価を下すものでありません。常にその時代の文壇は、享楽階級の好悪によって左右さるべき性質のものであるからです。 芸術が、他のすべての自然科学の場合・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・彼は個人主義の法治国家のかわりに、社会連帯の利害の上に建設せらるべき文化国家の理想をおき換えることを要請した。文化国家は国家の統制力によって、個人が孤立しては到底得られないような教養と力と自由とを国民に享受せしめねばならぬ。かかる理想から労・・・ 倉田百三 「学生と教養」
出典:青空文庫