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・・・必死の力走だが、そのまま逃げ切ってしまえるかどうか。鞭を使わねばならぬところに、あと二百米の無理が感じられる。逃げろ、逃げろ、逃げ切れと、寺田は呶鳴っていた。あと百米。そうれ行け。あッ、三番が追い込んで来た。あと五十米。あッ危い。並びそうだ・・・
織田作之助
「競馬」
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・・・ 私がどんなにあなたの力漕をありがたく思ったか」 ひろ子の妹が、疎開して、夷隅川のそばの障子も畳もない小屋に菰垂れの姫というような暮しをしていた。ひろ子はそこで、潮の香をかぎ、鯨油ランプの光にてらされる夜、濤の音をきき、豆の花と松の若芽・・・
宮本百合子
「風知草」