・・・介抱というても精神を慰めてもらうのであるから、先ずいろいろの話をしてその日を送って行く、その話というのも度々顔を合すようになっては珍らしい事も尽きてしまうので、碧虚両氏と会した時などは『唐詩選』を出して来て詩の評をするような事もあるが、自分・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・先生も何だかわからなかったようだが漁師の頭らしい洋服を着た肥った人がああいるかですと云った。あんまりみんな甲板のこっち側へばかり来たものだから少し船が傾いた。風が出てきた。何だか波が高くなってきた。東も西も海だ。向うにもう北・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・本社のいちはやく探知するところによればツェ氏は数日前よりはりがねせい、ねずみとり氏と交際を結びおりしが一昨夜に至りて両氏の間に多少感情の衝突ありたるもののごとし。台所街四番地ネ氏の談によれば昨夜もツェ氏は、はりがねせい、ねずみとり氏を訪問し・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・ 簔帽子をかぶった専門の猟師が、草をざわざわ分けてやってきました。 そこで二人はやっと安心しました。 そして猟師のもってきた団子をたべ、途中で十円だけ山鳥を買って東京に帰りました。 しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・そこへ猟師共が来まして、この蛇を見てびっくりするほどよろこんで云いました。「こんなきれいな珍らしい皮を、王様に差しあげてかざりにしてもらったらどんなに立派だろう。」そこで杖でその頭をぐっとおさえ刀でその皮をはぎはじめました。竜は・・・ 宮沢賢治 「手紙 一」
・・・仕方なしに猟師なんぞしるんだ。てめえも熊に生れたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。やい。この次には熊なんぞに生れなよ」 そのときは犬もすっかりしょげかえって眼を細くして座っていた。 何せこの犬ばかりは小十郎が四十の夏うち中みんな赤・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・卓の上には地球儀がおいてありましたしうしろのガラス戸棚には鶏の骨格やそれからいろいろのわなの標本、剥製の狼や、さまざまの鉄砲の上手に泥でこしらえた模型、猟師のかぶるみの帽子、鳥打帽から何から何まですべて狐の初等教育に必要なくらいのものはみん・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・において作者は漁師の息子である小学校教師佐田のブルジョア教育に対する反抗を書いている。貧乏なばかりに師範の五年間を屈辱の中に過し、それをやっと「向学心」と「学問の光明」のために忍従していよいよ教師となった彼は、「希望と理想と満足とがひとりで・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・正月に、漁師たちが大焚火でもしてあたりながら食べたのだろう、蜜柑の皮が乾からびて沢山一ところに散らかっているのが砂の上に見えた。砂とコンクリートのぬくもりが着物を徹していい心持にしみとおして来る。「いい気持!」「お母ちゃまもいらっし・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・その傍を通り過た漁船、裸の漁師の踏張った片脚、愕きでピリリとしたのを遠目に見た。自分、段々段々その死んで漂って行った若い男が哀れになり、太陽が海を温めているから、赤い小旗は活溌にひらひらしているから、猶々切ない心持であった。夜こわく悲しく、・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
出典:青空文庫