・・・この頭のいい映画監督は、この文楽の人形芸術のうちから、必ず何物かを拾いあげて自分の芸術に利用したのではなかったかと想像される。 もっとも、文楽をいくらかでも理解するためには、義太夫のわかるということが必要条件であって、義太夫を取り除いた・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・あの時にあの罪のない俚謡から流れ出た自由な明るい心持ちは三十年後の今日まで消えずに残っていて、行きづまりがちな私の心に有益な転機を与え、しゃちこ張りたがる気分にゆとりを与える。これはおそらく私の長い学校生活の間に受けた最もありがたい教えの中・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・久しく薗八一中節の如き古曲をのみ喜び聴いていたわたしは、褊狭なる自家の旧趣味を棄てて後れ走せながら時代の新俚謡に耳を傾けようと思ったのである。わたしは果してわたしの望むが如くに、唐桟縞の旧衣を脱して結城紬の新様に追随する事ができたであろうか・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ わたしは平生文学を志すものに向って西洋紙と万年筆とを用うること莫れと説くのは、廃物利用の法を知らしむる老婆心に他ならぬのである。 往時、劇場の作者部屋にあっては、始めて狂言作者の事務を見習わんとするものあれば、古参の作者は書抜の書・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・未来に引き延ばしがたきものを引き延ばして無理にあるいは盲目的に利用せんとしたる罪過と見る。 過去はこれらのイズムに因って支配せられたるが故に、これからもまたこのイズムに支配せられざるべからずと臆断して、一短期の過程より得たる輪廓を胸に蔵・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・その私の旅行というのは、人が時空と因果の外に飛翔し得る唯一の瞬間、即ちあの夢と現実との境界線を巧みに利用し、主観の構成する自由な世界に遊ぶのである。と言ってしまえば、もはやこの上、私の秘密について多く語る必要はないであろう。ただ私の場合は、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 彼は、警官の密集を利用しようとする、本能的な且つ職業的な彼一流の計画を忘れて、その小僧っ子に、いつか全幅の考えを奪われてしまった。 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・十中の八、九は事を議するが為めに会するに非ず、議事の名を利用して集るものなり。交際の為めに飲むに非ずして飲む為めに交わるものなり。其飲食遊戯の時間は男子が内を外にするの時間にして、即ち醜体百戯、芸妓と共に歌舞伎をも見物し小歌浄瑠璃をも聴き、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・即ち私が利用するも同然である。のみならず、読者に対してはどうかと云うに、これまた相済まぬ訳である……所謂羊頭を掲げて狗肉を売るに類する所業、厳しくいえば詐欺である。 之は甚い進退維谷だ。実際的と理想的との衝突だ。で、そのジレンマを頭で解・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・蕪村は十分に徂徠の説を利用し、もって腐敗せる俳句に新生命を与えたるを見る。蕪村は徂徠ら修辞派の主張する、文は漢以上、詩は唐以上と言えるがごとき僻説には同意するものにあらざるべけれど、唐以上の詩をもって粋の粋となしたること疑いあらじ。蕪村が書・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫