・・・大学教授某博士は倫理学上の見地から、蟹の猿を殺したのは復讐の意志に出たものである、復讐は善と称し難いと云った。それから社会主義の某首領は蟹は柿とか握り飯とか云う私有財産を難有がっていたから、臼や蜂や卵なども反動的思想を持っていたのであろう、・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・元気淋漓じゃありませんか。林木なぞの設色も、まさに天造とも称すべきものです。あすこに遠峯が一つ見えましょう。全体の布局があのために、どのくらい活きているかわかりません」 今まで黙っていた廉州先生は、王氏のほうを顧みると、いちいち画の佳所・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・年齢は三十五歳、職業は東京帝国文科大学哲学科卒業後、引続き今日まで、私立――大学の倫理及英語の教師を致して居ります。妻ふさ子は、丁度四年以前に、私と結婚致しました。当年二十七歳になりますが、子供はまだ一人もございません。ここで私が特に閣下の・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・「また、今時に珍しい、学校でも、倫理、道徳、修身の方を御研究もなされば、お教えもなさいます、学士は至っての御孝心。かねて評判な方で、嫁御をいたわる傍の目には、ちと弱すぎると思うほどなのでございますから、困じ果てて、何とも申しわけも面目も・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・一風変った画を描くのは誰にも知られていたが、極彩色の土佐画や花やかな四条派やあるいは溌墨淋漓たる南宗画でなければ気に入らなかった当時の大多数の美術愛好者には大津絵風の椿岳の泥画は余り喜ばれなかった。椿岳の画を愛好する少数好事家ですらが丁度朝・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・文学が閑余の遊戯として見られていたばかりでなく、倫理も哲学も学者という小団体の書斎に於ける遊戯であった。科学の如きは学校教育の一課目とのみ見られていた。真に少数なる読書階級の一角が政治論に触るゝ外は一般社会は総ての思想と全く没交渉であって、・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・今時の聖書研究は大抵は来世抜きの研究である、所謂現代人が嫌う者にして来世問題の如きはない、殊に来世に於ける神の裁判と聞ては彼等が忌み嫌って止まざる所である、故に彼等は聖書を解釈するに方て成るべく之れを倫理的に解釈せんとする、来世に関する聖書・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ 其れを、今にも実現し得られるなら、倫理や哲学上の知識は、其の時から、必要ではないのであります。もう、一度昔のある時代に於けるような感激がこの地上に湧き来ったなら、其れで私達は、満足しなければならない。平等で、自由で、親睦で、虚偽という・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・ 概念的な教育、束縛的な倫理観が、健全な真実な教育上にどれ程禍しているか分らない。又この頃自由教育云々に就てある知事とある教育者とが争った事があるが、今日に至ってまだ学校教育を政治の上から云為せんとするそれらの人が、どれだけ人間性の発達・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・ 殊に自分は児童の教員、又た倫理を受持っているので常に忠孝仁義を説かねばならず、善悪邪正を説かねばならず、言行一致が大切じゃと真面目な顔で説かねばならず、その度毎に怪しく心が騒ぐ。生徒の質問の中で、折り折り胸を刺れるようなのがある。中に・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
出典:青空文庫