・・・二十八のフランシスは何所といって際立って人眼を引くような容貌を持っていなかったが、祈祷と、断食と、労働のためにやつれた姿は、霊化した彼れの心をそのまま写し出していた。長い説教ではなかったが神の愛、貧窮の祝福などを語って彼がアーメンといって口・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・時は一月末、雪と氷に埋もれて、川さえおおかた姿を隠した北海道を西から東に横断して、着てみると、華氏零下二十―三十度という空気も凍たような朝が毎日続いた。氷った天、氷った土。一夜の暴風雪に家々の軒のまったく塞った様も見た。広く寒い港内にはどこ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 窓外はまだ零下十五度の厳寒である。凍った雪あかりが室内の白い壁にチラチラしている。 窓枠が少し古びて、すき間風が入る。頭から白い毛糸肩掛をかぶった日本女が、唇の端から細いゴム管をたらしてねたまま横目で猫を見ていた。 寝台の・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
モスクワじゅうが濡れたビードロ玉だ。きのうひどく寒かった。並木道の雪が再び凍って子供連がスキーをかつぎ出した。ところへ今夜は零下五度の春の雨が盛にふってる。どこもかしこもつるつるである。 黒くひかってそこへ街の灯かげを・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 誰かが七歳と四歳になる二人の女の児を雪の深い森へ連れ込み零下十何度という厳寒の中へ裸にして捨てて行った。 女の児は凍え始め劇しく泣き出した。 もう日暮で――冬は午後四時にとっぷり暗くなる――折から一台の空橇が雪道を村へ向ってや・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・風呂場で、妙なセキが出るのね、と云ったとき、 菌のこと、自分にうつって居るかもしれぬ事 十八九日 朝零下のこと多し○七日 寺沢一時半に来る由、 冷静になろうとし、自分、机の前に来る。アディソンとスティールの wit よめ・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
・・・もうそちらは寒いでしょうね、零下何度ぐらいになりますか? 東京は一時急に秋が深まったようで寒くなりましたが、この二三日はどういうわけか暖くて、きょうは珍しく朝から午後まで雨が降りました。垣根越しにお隣の柿の木の色づいた葉が見えますし、市中の・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
・・・ 雪をよごして零下十二度の夜焚火をする樅の木売りも、モスクワの目抜きの広場からは姿を消した。 レーニングラードの『労働婦人と農婦』は十五万部売って、レーニングラード『プラウダ』を経済的にもりたてている。 主筆が三十六七のギメレウ・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
・・・ 勿論女性に対する愛重といっても、現わされる形は多様で決して中世の騎士的崇拝、または宗教的霊化に限っていない。チェホフのような態度、モウパッサンの視野、ストリンドベルク、ゲエテ、イプセン、片仮名でない名で見出せば西鶴、近松、近く夏目漱石・・・ 宮本百合子 「わからないこと」
出典:青空文庫