・・・ 尉官は怒気心頭を衝きて烈火のごとく、「何だ!」 とその言を再びせしめつ。お通は怯めず、臆する色なく、「はい。私に、私に、節操を守らねばなりませんという、そんな、義理はございませんから、出来さえすれば破ります!」 恐気も・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・きっと、あなたは烈火のようにお怒りでしょう。けれども私は、平気です。「エホバを畏るるは知識の本なり。」いい言葉をいただきました。私は、これから、あなたに対して、うんと自由に振舞います。美しい、唯一の先輩を得て、私の背丈も伸びました。・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・たが、同博士がいろいろシナの書物を渉猟された結果によると釁るという文字は犠牲の血をもって祭典を挙行するという意味に使われた場合が多いようであるが、しかしとにかく、一書には鐘を鋳た後に羊の血をもってその裂罅に塗るという意味に使われているそうで・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・昔の武士の中の変人達が酷暑の時候にドテラを着込んで火鉢を囲んで寒い寒いと云ったという話があるが、暑中に烈火の前に立って油の煮えるのを見るのは実は案外に爽快なものである。 暑い時に風呂に行って背中から熱い湯を浴びると、やはり「涼しい」とか・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・ 岩石に関してはまだ皺襞や裂罅の週期性が重要な問題になるが、これはまた岩石に限らず広く一般に固体の変形に関する多種多様な問題と連関して来るのである。 弾性体の皺襞については従来「弾性的不安定」の問題として理論的にもかなりたびたび取り・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・とあるのは、熔岩流の末端の裂罅から内部の灼熱部が隠見する状況の記述にふさわしい。「身一つに頭八つ尾八つあり」は熔岩流が山の谷や沢を求めて合流あるいは分流するさまを暗示する。「またその身に蘿また檜榲生い」というのは熔岩流の表面の峨々たる起伏の・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・紅海は大陸の裂罅だとしいて思ってみても、眼前の大自然の美しさは増しても減りはしなかった。しかしそう思って連山をながめた時に「地球の大きさ」というものがおぼろげながら実認されるような気がした。四月二十八日 朝六時にスエズに着く。港の片・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・蒼白くて頬の落ちた顔に力なけれど一片の烈火瞳底に燃えているように思われる。左側に机があって俳書らしいものが積んである。机に倚る事さえ叶わぬのであろうか。右脇には句集など取散らして原稿紙に何か書きかけていた様子である。いちばん目に止るのは足の・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・ とうとう薄い鋼の空に、ピチリと裂罅がはいって、まっ二つに開き、その裂け目から、あやしい長い腕がたくさんぶら下って、烏を握んで空の天井の向う側へ持って行こうとします。烏の義勇艦隊はもう総掛りです。みんな急いで黒い股引をはいて一生けん命宙・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・節理なら多面節理、これを節理と云うわけにはいかない。裂罅だ。やっぱり裂け目でいいんだ。壺穴のいいのがなくて困るな。少し細長いけれどもこれで説明しようか。elongatedpot-hole〔ここがどうしてこう掘れるかわかりますか。石ころ、礫が・・・ 宮沢賢治 「台川」
出典:青空文庫