・・・俳句の季題と称するものは俳諧の父なる連歌を通して歴史的にその来歴を追究して行くと枕草子や源氏物語から万葉の昔にまでもさかのぼることができるものが多数にあるようである。私のいわゆる全機的世界の諸断面の具象性を決定するに必要な座標としての時の指・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・その線の途中から枝分かれをして連歌が生じ、それからまた枝が出て俳諧連句が生じた。発句すなわち今の俳句はやはり連歌時代からこれらの枝の節々を飾る花実のごときものであった。後に俳諧から分岐した雑俳の枝頭には川柳が芽を吹いた。 連歌から俳諧へ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 短歌から連歌への変遷もやはり一種の進化と見られる。たとえば一個のポリプを二つにちぎって、それぞれに独立の生命を持たせ、そうしてあとでそれを次々に接枝して行って一つの群体を作ったというふうにも見られなくはない。俳句はそのようなものの頭だ・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・を通して「連歌の発句」に達し、そこで明白な一つの泉の源頭に行き着く。これは周知のことである。 しかし、川の流れをさかのぼって深い谷間の岩の割れ目に源泉を発見した場合にいわゆる源泉の探究はそれで終了したとしても、われわれはその泉の水が決し・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・しかし短歌連作をいろいろと開拓して行くうちにはあるいは一方ではおのずからいわゆる連歌の領域に接近し、したがってまた自然に連句とも形式ならびに内容において次第に接近して行くという事も充分可能である。他方ではまた、少なくも現在では連句とは全く別・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
一 ――ほこりっぽい、だらだらな坂道がつきるへんに、すりへった木橋がある。木橋のむこうにかわきあがった白い道路がよこぎっていて、そのまたむこうに、赤煉瓦の塀と鉄の門があった。鉄の門の内側は広大な熊本煙草専売局工・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 銀座の表通りを去って、いわゆる金春の横町を歩み、両側ともに今では古びて薄暗くなった煉瓦造りの長屋を見ると、自分はやはり明治初年における西洋文明輸入の当時を懐しく思返すのである。説明するまでもなく金春の煉瓦造りは、土蔵のように壁塗り・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・向うに雑な煉瓦造りの長屋が四五軒並んでいる。前には何にもない。砂利を掘った大きな穴がある。東京の小石川辺の景色だ。長屋の端の一軒だけ塞がっていてあとはみんな貸家の札が張ってある。塞がっているのが大家さんの内でその隣が我輩の新下宿、彼らのいわ・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・それは青山御所を建てたコンドルという英人が建てたとか、あまり大きくもない煉瓦の建物であったが、当時の法文科はその一つの建物の中に納っていたのである。しかもその二階は図書室と学長室などがあって、太いズボンをつけた外山さんが、鍵をがちゃつかしな・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・日本が外国と貿易を始めると直ぐ建てられたらしい、古い煉瓦建の家が並んでいた。ホンコンやカルカッタ辺の支邦人街と同じ空気が此処にも溢れていた。一体に、それは住居だか倉庫だか分らないような建て方であった。二人は幾つかの角を曲った挙句、十字路から・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫