・・・火葬にも種類があるが、煉瓦の煙突の立っておる此頃の火葬場という者は棺を入れる所に仕切りがあって其仕切りの中へ一つ宛棺を入れて夜になると皆を一緒に蒸焼きにしてしまうのじゃそうな。そんな処へ棺を入れられるのも厭やだが、殊に蒸し焼きにせられると思・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ 面白やどの橋からも秋の不二 三島神社に詣でて昔し千句の連歌ありしことなど思い出だせば有り難さ身に入みて神殿の前に跪きしばし祈念をぞこらしける。 ぬかづけばひよ鳥なくやどこでやら 三島の旅舎に入りて一夜の宿りを請えば・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・大事の物なり。連歌に景曲と云いいにしえの宗匠深くつつしみ一代一両句には過ぎず。景気の句初心まねよきゆえ深くいましめり。俳諧は連歌ほどはいわず。総別景気の句は皆ふるし。一句の曲なくては成りがたきゆえつよくいましめおきたるなり。木導が春風景曲第・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
太陽マジックのうたはもう青ぞらいっぱい、ひっきりなしにごうごうごうごう鳴っています。 わたしたちは黄いろの実習服を着て、くずれかかった煉瓦の肥溜のとこへあつまりました。 冬中いつも唇が青ざめて、がたがた・・・ 宮沢賢治 「イーハトーボ農学校の春」
・・・ 少しダラダラ坂になった通りを行くと、右側に煉瓦の大きい工場が現れた。がっしりとした門にソヴェト同盟の国標、鎚と鎌をぶっちがえにしたものを麦束でとりかこんだ標がかかげてあり、その上に、ドン国立煙草工場と金字で書いてある。門衛がいるが、一・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・突然自動車が一台煉瓦塀の外をけたたましく過ぎて、跡は又元の寂しさに戻った。 秀麿は語を続いだ。「まあ、こうだ。君がさっきから怪物々々と云っている、その、かのようにだがね。あれは決して怪物ではない。かのようにがなくては、学問もなければ、芸・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・――山上の煉瓦の中から、不意に一群の看護婦たちが崩れ出した。「さようなら。」「さようなら。」「さようなら。」 退院者の後を追って、彼女たちは陽に輝いた坂道を白いマントのように馳けて来た。彼女たちは薔薇の花壇の中を旋回すると、・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ 室町時代の中心は、応永永享のころであるが、それについて、連歌師心敬は、『ひとり言』の中でおもしろいことを言っている。元来この書は、心敬が応仁の乱を避けて武蔵野にやって来て、品川あたりに住んでいて、応仁二年に書いたものであるが、その書の・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・古代の赤煉瓦の壁の間に女神の白い裸身は死骸のごとく横たわっている。そうして千年の闇ののちに初めて光を、炬火の光を、ほのあかく全身に受ける。ヴイナスだ、プラキシテレスのヴイナスだ、と人々は有頂天になって叫ぶ。やがてヴイナスは徐々に、地の底から・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫