・・・折々吹く風がバタリと窓の簾を動すと、その間から狭い路地を隔てて向側の家の同じような二階の櫺子窓が見える。 鏡台の数だけ女も四、五人ほど、いずれも浴衣に細帯したままごろごろ寝転んでいた。暑い暑いといいながら二人三人と猫の子のようにくッつき・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・羽織かくして、 袖ひきとめて、 どうでもけふは行かんすかと、言ひつつ立つて櫺子窓、 障子ほそめに引きあけて、あれ見やしやんせ、 この雪に。 わたくしはこの忘れられた前の世の小唄を、雪のふる日には、必ず思出して・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・何だ、さッきから二階の櫺子から覗いたり、店の格子に蟋蟀をきめたりしていたくせに」と、西宮は吉里の顔を見て笑ッている。 吉里はわざとつんとして、「あんまり馬鹿におしなさんなよ。そりゃ昔のことですのさ」「そう諦めててくれりゃア、私も大助・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫