・・・ 四五人のスキャップを雇い込んで、××町の交番横に、トラックを待たせておいて、モ一人の家へ行こうと、屈った路次で、フト、二人の少年工を発見出したのだ。幸いだと思って、「オイ、三公、義公」と呼んだら、二人は変装している自分を、知ってか知ら・・・ 徳永直 「眼」
・・・ 踊子の栄子と大道具の頭の家族が住んでいた家は、商店の賑かにつづいた、いつも昼夜の別なくレコードの流行歌が騒々しく聞える千束町を真直に北へ行き、横町の端れに忽然吉原遊廓の家と灯とが鼻先に見えるあたりの路地裏にあった。或晩舞台で稽古に夜をふか・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・次の日の午時頃、浅草警察署の手で、今戸の橋場寄りの或露地の中に、吉里が着て行ッたお熊の半天が脱捨てあり、同じ露地の隅田川の岸には娼妓の用いる上草履と男物の麻裏草履とが脱捨ててあッた事が知れた。お熊は泣々箕輪の無縁寺に葬むり、小万はお梅を・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・『註文帳』は廓外の寮に住んでいる娼家の娘が剃刀の祟でその恋人を刺す話を述べたもので、お歯黒溝に沿うた陰欝な路地裏の光景と、ここに棲息して娼妓の日用品を作ったり取扱ったりして暮しを立てている人たちの生活が描かれている。研屋の店先とその親爺・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・ 隣へ通う路次を境に植え付けたる四五本の檜に雲を呼んで、今やんだ五月雨がまたふり出す。丸顔の人はいつか布団を捨てて椽より両足をぶら下げている。「あの木立は枝を卸した事がないと見える。梅雨もだいぶ続いた。よう飽きもせずに降るの」と独り言の・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・その他の小路は、軒と軒との間にはさまれていて、狭く入混んだ路地になってた。それは迷路のように曲折しながら、石畳のある坂を下に降りたり、二階の張り出した出窓の影で、暗く隧道になった路をくぐったりした。南国の町のように、所々に茂った花樹が生え、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・塵の積んである二坪ばかりの空地から、三本の坑道のような路地が走っていた。 一本は真正面に、今一本は真左へ、どちらも表通りと裏通りとの関係の、裏路の役目を勤めているのであったが、今一つの道は、真右へ五間ばかり走って、それから四十五度の角度・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・乾いた屋根屋根が高く低く連なっている。路地の奥に一本の樟木が見え、その枝に這いのぼったへちまの黄色い花もいくつか見える。 疲れた頭の中までを風に吹かせるような心持でそれらの外景を眺めていた私は、ふと一種異様な愕きを心に感じた。それは全く・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・ それはつい一つ先の角の家のひとで、その家の台所と風呂場をうかがっていた怪しい男をそこの露地へ追いこんだから、交番へ行ってくれ、というのであった。怪しい男はつかまった。これ迄は何年にもこの界隈にそういうことはなかったのだ。私はこわいと思・・・ 宮本百合子 「このごろの人気」
・・・ 牛の頭で腹を満たすと彼は十銭を投げ出してひとり露地裏の自分の家へ帰って来た。彼は他人の家の表の三畳を借りていた。部屋にはトゲの刺さる傾いた柱がある。壁は焼けた竈のようで、雨の描いた地図の上に蠅の糞が点々と着いていた。そこで彼は、柱にも・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫