・・・歳暮大売出しの楽隊の音、目まぐるしい仁丹の広告電燈、クリスマスを祝う杉の葉の飾、蜘蛛手に張った万国国旗、飾窓の中のサンタ・クロス、露店に並んだ絵葉書や日暦――すべてのものがお君さんの眼には、壮大な恋愛の歓喜をうたいながら、世界のはてまでも燦・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・ただ、内へ帰るのを待兼ねて、大通りの露店の灯影に、歩行きながら、ちらちらと見た、絵と、かながきの処は、――ここで小母さんの話した、――後のでない、前の巳巳巳の話であった。 私は今でも、不思議に思う。そして面影も、姿も、川も、たそがれ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ほども遠い、……奥沢の九品仏へ、廓の講中がおまいりをしたのが、あの辺の露店の、ぼろ市で、着たのはくたびれた浴衣だが、白地の手拭を吉原かぶりで、色の浅黒い、すっきり鼻の隆いのが、朱羅宇の長煙草で、片靨に煙草を吹かしながら田舎の媽々と、引解もの・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ が、引続いた火沙汰のために、何となく、心々のあわただしさ、見附の火の見櫓が遠霞で露店の灯の映るのも、花の使と視めあえず、遠火で焙らるる思いがしよう、九時というのに屋敷町の塀に人が消えて、御堂の前も寂寞としたのである。 提灯もやがて・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・それでも遊びにほうけていると、清らかな、上品な、お神巫かと思う、色の白い、紅の袴のお嬢さんが、祭の露店に売っている……山葡萄の、黒いほどな紫の実を下すって――お帰んなさい、水で冷すのですよ。 ――で、駆戻ると、さきの親類では吃驚して、頭・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 時に、宮奴の装した白丁の下男が一人、露店の飴屋が張りそうな、渋の大傘を畳んで肩にかついだのが、法壇の根に顕れた。――これは怪しからず、天津乙女の威厳と、場面の神聖を害って、どうやら華魁の道中じみたし、雨乞にはちと行過ぎたもののようだっ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
一 寒くなると、山の手大通りの露店に古着屋の数が殖える。半纏、股引、腹掛、溝から引揚げたようなのを、ぐにゃぐにゃと捩ッつ、巻いつ、洋燈もやっと三分心が黒燻りの影に、よぼよぼした媼さんが、頭からやがて膝の・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・乳牛は露天に立って雨たたきにされている。同業者の消息もようやく判って来た。亀戸の某は十六頭殺した。太平町の某は十四頭を、大島町の某は犢十頭を殺した。わが一家の事に就いても種々の方面から考えて惨害の感じは深くなるばかりである。 疲労の度が・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・区役所に行って役人に遇ったゞけでも、また巡査に道を聞いただけでも、荷車を引いている労働者を見たゞけでも、また乳呑児を抱いて露店に坐っている女を見たゞけでも、そして其他各階級の人々に出遇い、或は遊び、或は働いている有様を見たゞけでも、私達はこ・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・ これから見ても、和本は、出版の部数は少なかったけれど、これを求めた人は愛玩し、また、古本となって、露店へ出ても、買った人は大事にして、本箱に樟脳をいれたりして、永久に保存したでありましょう。この場合、他の骨董品と同じく、数が少なければ・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
出典:青空文庫