・・・しかもあとお茶をすすり、爪楊子を使うとは、若気の至りか、厚顔しいのか、ともあれ色気も何もあったものではなく、Kはプリプリ怒り出して、それが原因でかなり見るべきところのあったその恋も無残に破れてしまったのである。けれども今もなお私は「月ヶ瀬」・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・の文士らしく若気の至りの放蕩無頼を気取って、再びデンと腰を下し、頬杖ついて聴けば、十銭芸者の話はいかにも夏の夜更けの酒場で頽廃の唇から聴く話であった。 もう十年にもなるだろうか、チェリーという煙草が十銭で買えた頃、テンセンという言葉が流・・・ 織田作之助 「世相」
・・・古い小さな庭井戸に近く、毎年のように花をつける桜の若木もある。他の植木に比べると、その細い幹はズンズン高くなった。最早紅くふくらんだ蕾を垂れていたが、払暁の温かい雨で咲出したのもある。そこはおせんが着物の裾を帯の間に挿んで、派手な模様の長襦・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・樹木にも定った年齢があるらしく、明治の末から大正へかけて、市中の神社仏閣の境内にあった梅も、大抵枯れ尽したまま、若木を栽培する処はなかった。梅花を見て春の来たのを喜ぶ習慣は年と共に都会の人から失われていたのである。 わたくしが梅花を見て・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ところどころ桜の若木が植え付けられている。やがて西新井橋に近づくに従って、旧道は再び放水路堤防の道と合し、橋際に至って全くその所在を失ってしまう。 西新井橋の人通りは早くも千住大橋の雑沓を予想させる。放水路の流れはこの橋の南で、荒川の本・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・彼は風を厭うともし灯を若木の桐の大きな葉で包んだ。カンテラの光が透して桐の葉は凄い程青く見えて居る。其の青い中にぽっちりと見えるカンテラの焔が微かに動き乍ら蚊帳を覗て居る。ともし灯を慕うて桐の葉にとまった轡虫が髭を動かしながらがじゃがじゃが・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ 竹垣の内に若木の梅があってそれに豆のような実が沢山なって居るのが車の上から見える。それが嬉しくてたまらぬ。 狸横町の海棠は最う大抵散って居た。色の褪せたきたない花が少しばかり葉陰に見える。 仲道の庭桜はもし咲いて居るかも知れぬ・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・柩の上にさしかかって居た杉の若木の根ざしよ、あの上にやさしくはびこって美くしいあみとなってさわがしい世のどよみを清く浄めて私の妹の耳に伝えてお呉れ。 お前方の迎えるままに私達はおしむ事を知らない骨肉の涙にその晴着を濡しながらも小さいお飯・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・花も実もつけない若木であったが柔かい緑玉色の円みを帯びた葉はゆたかに繁っていた。夏の嵐の或る昼間、ひょっと外へ出てその柔かい緑玉色の杏の叢葉が颯と煽られて翻ったとき、私の体を貫いて走った戦慄は何であったろう。驟雨の雨つぶが皮膚を打って流れる・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・ まだ世の中には、けんかずきのけんか犬が沢山ござるのでござりますのう。王 けんか犬は世が滅びるまで絶える事なくあるものじゃ。 何――叛きたいものは勝手に逆くのがよいのじゃ。 若気の至りで家出した遊び者の若者は、じきに涙をこ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫