・・・常に岩の間から熱湯を沸き上げている。あたりには、白く霧がかゝっている。溪川には、湯が湧き出で、白い湯花が漂って、岩に引っかゝっているところもある。 崖の上に一軒のみすぼらしい茶屋があった。渋温泉に来た客は、此の地獄谷へ来るものはあっても・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・もう、一度昔のある時代に於けるような感激がこの地上に湧き来ったなら、其れで私達は、満足しなければならない。平等で、自由で、親睦で、虚偽というものが、生活の上になかったなら。 理想の社会というものは、決して虚偽の上には建設されない。純情な・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・何人もが世界平等の苦痛を共に嘗め、共に味わなくてはならないように、各人の生活内容が変ってきた時、其処から初めて新しい感激が湧き、本当の愛が生れてくるだろう。然し私は、社会改造の事実は各人の信念にその根底を置くものだと考えている。そうして此の・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・またある時それは腰のあたりに湧き出して、彼の身体の内部へ流れ入る澄み透った溪流のように思えた。それは身体を流れめぐって、病気に汚れた彼の血を、洗い清めてくれるのだ。「俺はだんだん癒ってゆくぞ」 コロコロ、コロコロ、彼の小さな希望は深・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ と言ったばかりで僕の血は沸きます。則ち僕をして北海道を思わしめたのもこれです。僕は折り折り郊外を散歩しますが、この頃の冬の空晴れて、遠く地平線の上に国境をめぐる連山の雪を戴いているのを見ると、直ぐ僕の血は波立ちます。堪らなくなる! 然しで・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・と申すのは、『これが女難だな』という恐ろしい考えが、次第次第にたかまってきて、今までお幸のもとに通ったことを思うと『しまった』という念が湧き上るのでございます。それですからもし、お幸を連れて逃げでもすれば、行く先どんな苦労をするかも知れず、・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・谷川の水、流れとともに大海に注がないで、横にそれて別に一小沢を造り、ここに淀み、ここに腐り、炎天にはその泥沸き、寒天にはその水氷り、そしてついには涸れゆくをまつがごときである。しかしかれと対座してその眼を見、その言葉をきくと、この例でもなお・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・この二つがまじり合って起こらないなら、それは病的徴候であり、人間性の邪道に傾きを持ってるものとして注意しなければならぬ。 青年にとって性の目ざめは肉体的な、そして霊的な出来ごとである。この湧き上ってくる衝動と、興奮と、美しく誘うが如きも・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・谷間の泉から湧き出る水は、その周囲に凍てついて、氷の岩が出来ていた。それが、丁度、地下から突き出て来るように、一昨日よりは昨日、昨日よりは今日の方がより高くもれ上って来た。彼は、やはり西伯利亜だと思った。氷が次第に地上にもれ上って来ることな・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・のガラン/\が鳴ったせつな、監房という監房に足踏みと壁たゝきが湧き上がった。独房の四つの壁はムキ出しのコンクリートなので、それが殷々とこもって響き渡った。――口笛が聞える。別な方からは、大胆な歌声が起る。 俺は起き抜けに足踏みをし、壁を・・・ 小林多喜二 「独房」
出典:青空文庫