・・・ 石井翁はむろんこういうことを考えて研究もせず、ただ気の毒がる仲間の一人ゆえ、どうにかして今の境遇も聞いてみたいと思い、古い事まで話題にしてみたが、河田翁は少しも引き立たない。ただそわそわしている。「何時でしょうか」と河田翁は卒然聞・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・それは何かにつれて、すぐ、村の者の話題に上ることだ。人は、不動産をより多く持っている人間を羨んだ。 それが、寒天のような、柔かい少年の心を傷つけずにいないのは、勿論だった。 僕は、憂鬱になり、腹立たしくなった。「俺れんちにも、こ・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ 熊吉は犬の話にも気乗りがしないで、他に話題をかえようとした。弟はこの養生園の生活のことで、おげんの方で気乗りのしないようなことばかり話したがった。でもおげんは弟を前に置いて、対い合っているだけでも楽みに思った。 やがて熊吉はこの養・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
暑いですね。ことしは特に暑いようですね。実に暑い。こんなに暑いのに、わざわざこんな田舎にまでおいで下さって、本当に恐縮に思うのですが、さて、私には何一つ話題が無い。上衣をお脱ぎになって下さい。どうぞ。こんな暑いのに外を歩くのはつらいも・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・て、あとはもったいないので遠慮して、次女のトシ子を抱いておっぱいをやり、うわべは平和な一家団欒の図でしたが、やはり気まずく、夫は私の視線を避けてばかりいますし、また私も、夫の痛いところにさわらないよう話題を細心に選択しなければならず、どうし・・・ 太宰治 「おさん」
・・・どうも私には気味わるく思われた。私は、しっかり飲んだ。どうも話題が無い。槍の名人の子孫に対して私は極度に用心し、かじかんでしまったのである。「あのお写真は、」部屋の長押に、四十歳くらいの背広を着た紳士の写真がかけられていたのである。「ど・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ちっとも話題が無くなりました。私は重くるしくなりました。二本目のお銚子にとりかかった時、どういう風の吹き廻しか、ふいと坂田藤十郎の事が思い浮んだのです。芸に行きづまり一夜いつわりの恋をしかけて、やっとインスピレエションを得た。わるい事だが、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ そのうちある時、いつも話の受け手にばかりなっていた、このチルナウエルが忽ち話題になった。多分当人も生涯この事件を唯一の話の種にすることであろう。それをなんだと云うと、この男は世界を一周した。そこで珍らしい人物ばかり来るこの店でさえ、珍・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・それはかまわないつもりでいてもそこを見て後に、同行者の間でちょうど自分の見落としたいいものについての話題が持ち上がった時に、なんだか少し惜しい事をしたという気の起こるのは免れ難かった。 学校教育やいわゆる参考書によって授けられる知識は、・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・中でいちばん年とった純下町型のYどんは時々露骨に性的な話題を持ち出して若い文学少年たちから憤慨排斥された。夜の三時ごろまでも表の人通りが絶えず、カンテラの油煙が渦巻いていた。明け方近くなっても時々郵便局の馬車がけたたましい鈴の音を立てて三原・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫