・・・ これに較べると、昔の和本は、生紙を使用して木版で摺られている。そして、糸で綴られていて、一見不器用だけれど、手工業時代の産物としての趣味があり、一種の芸術味が存している。中には絵などが入っていて、一層の情趣を添えるのもあって、まことに・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ 十年来むし込んでおいた和本を取り出してみたら全部が虫のコロニーとなって無数のトンネルが三次元的に貫通していた。はたき集めた虫を庭へほうり出すとすずめが来て食ってしまった。書物を読んで利口になるものなら、このすずめもさだめて利口なすずめ・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・蘭和対訳の二冊物で、大きい厚い和本である。それを引っ繰り返して見ているうちに、サフランと云う語に撞着した。まだ植字啓源などと云う本の行われた時代の字書だから、音訳に漢字が当て嵌めてある。今でもその字を記憶しているから、ここに書いても好いが、・・・ 森鴎外 「サフラン」
出典:青空文庫