わん ある冬の日の暮、保吉は薄汚いレストランの二階に脂臭い焼パンを齧っていた。彼のテエブルの前にあるのは亀裂の入った白壁だった。そこにはまた斜かいに、「ホットサンドウィッチもあります」と書いた、細長い紙が貼・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・とて、無色無形の実体にて、間に髪を入れず、天地いつくにも充満して在ませども、別して威光を顕し善人に楽を与え玉わんために「はらいそ」とて極楽世界を諸天の上に作り玉う。その始人間よりも前に、安助とて無量無数の天人を造り、いまだ尊体を顕し玉わず。・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ いわんや、銑吉のごとき、お月掛なみの氏子をや。 その志を、あわれむ男が、いくらか思を通わせてやろうという気で。……「小県の惚れ方は大変だよ。」「…………」「嬉しいだろう。」「ええ。」 目で、ツンと澄まして、うけ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 水でも飲まして遣りたいと、障子を開けると、その音に、怪我処か、わんぱくに、しかも二つばかり廻って飛んだ。仔雀は、うとりうとりと居睡をしていたのであった。……憎くない。 尤もなかなかの悪戯もので、逗子の三太郎……その目白鳥――がお茶・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ やあい、そこへ遁げたい……泳いでらい、畜生々々。わんぱくが、四五人ばらばらと、畠の縁へ両方から、向う岸へ立ちました。 ――鼠じゃ……鼠じゃ、畜生めが―― と居士がはじめて言ったのです。ばしゃんばしゃん、氷柱のように水が刎ねる、・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・獺が銜えたか、鼬が噛ったか知らねえが、わんぐりと歯形が残って、蛆がついては堪らねえ。先刻も見ていりゃ、野良犬が嗅いで嗅放しで失せおった。犬も食わねえとはこの事だ。おのれ竜にもなる奴が、前世の業か、死恥を曝すは不便だ。――俺が葬ってやるべえ。・・・ 泉鏡花 「山吹」
この村でのわんぱく者といえば、だれ知らぬものがなかったほど、龍雄はわんぱく者でした。親のいうこともきかなければ、また他人のいうこともききませんでした。 よく友だちを泣かしました。すると泣かされた子供の親は、「またあの龍雄めにい・・・ 小川未明 「海へ」
・・・ これを みて いた おともだちは、正ちゃんの わんぱくに あきれました。「正ちゃん ごらんなさい、おねえちゃんは おぎょうぎが いいこと。」と、おかあさんが おっしゃいました。「いいえ、ぼっちゃんも おぎょうぎが よろしい・・・ 小川未明 「しゃしんやさん」
・・・「まあ、それにしても、よく逃げ出して、きたものね。」とお姉さんは、感嘆なさいました。「生きたい、一念で、逃げ出してきたのでしょう。」と、お母さんも、おっしゃいました。「ワン、ワン、ほえたり、かみついたりしたんだろうな。」と、正ち・・・ 小川未明 「ペスをさがしに」
・・・「まあ、それにしても、よく逃げ出して、きたものね。」とお姉さんは、感嘆なさいました。「生きたい、一念で、逃げ出してきたのでしょう。」と、お母さんも、おっしゃいました。「ワン、ワン、ほえたり、かみついたりしたんだろうな。」と、正ち・・・ 小川未明 「ペスをさがしに」
出典:青空文庫