・・・この場合の「懼る」は、「畏敬」の意にちかいようです。このイエスの言に、霹靂を感ずる事が出来たら、君の幻聴は止む筈です。不尽。 太宰治 「トカトントン」
・・・あの不健康な、と言っていいくらいの奇妙に空転したプライドの中に君たちが平気でいつも住んでいるものとしたら、それは或いは、あのイエスに、「汝らは白く塗りたる墓に似たり、外は美しく見ゆれども、云々」と言われても仕方がないのではないかと思われる。・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ イエス答をなし給わず、か。お前のその、何も物を言わぬという武器は、強いねえ。あんまり、いじめないでくれよ。ああ、頭が痛い。 これから、どうなさるのですか? 死ぬんだ。死にゃあいいんだろう? どうせ僕は、野中家の面よごしなん・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ もうこれ以上、私を苦しめるのは、やめて下さい。イエスですか、ノオですか。それを、それだけを、今夜はっきり答えて下さい。あら、あなたは、お酒を飲んでいるのね。 飲みました。もう、この数日間、私は酒ばかり飲んでいます。数枝さん、これも・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ ――イエス或村に入り給へば、マルタと名づくる女おのが家に迎へ入る。その姉妹にマリヤといふ者ありて、イエスの足下に坐し、御言を聴きをりしが、マルタ饗応のこと多くして心いりみだれ、御許に進みよりて言ふ「主よ、わが姉妹われを一人のこして働か・・・ 太宰治 「律子と貞子」
・・・大分御骨が折れましょうと笑ながら査公が申された故、答えて曰くイエス、 忘月忘日「……御調べになる時はブリチッシュ・ミュジーアムへ御出かけになりますか」「あすこへはあまり参りません、本へやたらにノートを書きつけたり棒を引いたりする癖がある・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・――そうきかれたとき、幾人のかたがイエスとお答えなさるでしょう。ほとんど大部分のかたは、母のいとしさ、母への思いやりいたわりとは別に、これまで日本の女がおかれて来た生活の現実を、重くおそろしいものに見ていられるのが事実でしょう。母はほんとに・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・ 日本の大衆は、イエスとノーとを明瞭につかいわけることを知らないということが、二年ほど前、多くの外国人から注目された。また、苦しいときでも、悲しいときでも日本人はあいまいな微笑を顔にうかべている。それはみんな意志表示の習慣をもっていない・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ローマの権力に対して譲歩しない批判者であった大工の息子のイエスは、彼の意見に同感し、行動をともにするようになった漁夫のペテロそのほかの素朴な人たちとともに、苦しみのなかに生きている一人の者として、マリアを正統な人間関係の中へおくようにした。・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
一般に日本の人が、イエスとノーとをはっきり使いわけないということについては、度々、いろいろの人がいろいろの角度から関心を向けて来た。一つのことについて意見を求められたとき、それを肯定してハイそうです、というか、あるいは否定・・・ 宮本百合子 「今年のことば」
出典:青空文庫