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・・・フロレンスのにおいは、イリスの白い花とほこりと靄と古の絵画のニスとのにおいである」もし自分に「東京」のにおいを問う人があるならば、自分は大川の水のにおいと答えるのになんの躊躇もしないであろう。ひとりにおいのみではない。大川の水の色、大川の水・・・
芥川竜之介
「大川の水」
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・・・野生の野菊の純白な花、紫のイリス、祖母と二人、早い夕食の膳に向っていると、六月の自然が魂までとけて流れ込んで来る。私はうれしいような悲しいような――いわばセンチメンタルな心持になる。祖母は八十四だ。女中はたった十六の田舎の小娘だ。たれに向っ・・・
宮本百合子
「田舎風なヒューモレスク」