・・・薄暮に包まれているその姿は、今エーテルのように風景に拡がってゆく虚無に対しては、何の力でもないように眺められた。「俺が愛した部屋。俺がそこに棲むのをよろこんだ部屋。あのなかには俺の一切の所持品が――ふとするとその日その日の生活の感情まで・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・と訳しているが、これは、何となく古典物理学のエーテルを云っているようで面白い。「故致数車無車」を「部分の総和は全体ではない」と訳しているのでも、当否は別としてやはり面白い。欠けた硝子片を寄せたものは破れない硝子板にはならないのである。 ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・それも始めはエーテルの弾性的の波であると考えられたのが、後には電磁気波でなければならぬと考えられることになった。しかし物理学の非常に進歩した今日でも、光の本性についてはまだ解決のつかない事はいくらもある。これらの歴史を幾分でも児童に了解させ・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・上田から長野へ電線で送られた唱歌が長野局から電波で放送され、それがエーテルを伝わってもとの上田の発源地へ帰って来ているのである。何でもない当り前の事であるが、ちょっと変な気のするものである。 あとで新聞を見たら、この地で七十年ぶりという・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・アインシュタインはそこで余儀なく絶対空間とエーテルの殻を砕いたまでである。 殻を砕いて新たに立てた根本仮定から出発して、それから推論される結果までの論理的道行きは数学者に信頼すればそれでよい。そして結果として出現した整然たる系統の美しさ・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・後にはエーテルと称する仮想物質の弾性波と考えられ、マクスウェルに到ってはこれをエーテル中の電磁的歪みの波状伝播と考えられるに到った。その後アインスタイン一派は光の波状伝播を疑った。また現今の相対原理ではエーテルの存在を無意味にしてしまったよ・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
出典:青空文庫