・・・ 二十日の暮れて間もない時分、カツカツとあわただしい下駄の音がしました。病人が例の耳で、「良吉だ、試験はよかったなあ」という間もなく入口ががらりと開いて「お母さん、はいりました」と言いつつ弟は台所に上って、声を上げて泣きだしました、この・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・タッチイは顔がひろくて、山村、カツ西、豊野を加え、カジョーもまた努力してくれて、伊牟田氏を入れてくれました。カジョーとは段々仲が良くなり、ぼくの臭さも彼、許してくれてきましたようです。『春服』創刊から二号にかけて、ぼくは昨年暮から今年の三月・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・先師慊叟カツテ予ニ語ツテ、吾京師及芳山ノ花ヲ歴覧シキ。然レドモ風趣ノ墨水ニ及ブモノナシト。洵ニ然リ。」云 江戸名家の文にして墨水桜花の美を賞したものは枚挙するに遑がない。しかし京師および吉野山の花よりも優っていると言ったものは恐らく松崎・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・丁度午後のそういう時間が体操とかち合って、ここの学校の先生はさながら自分の肉体の柔軟さと力感と肺カツ量とをたのしむように空まで声をひびかせて、ソラソラソラ手をあげてハッ、ハッもう一ついきましょう、シッシッと。それは活溌です。女の子が声を揃え・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・後年、日本の女詩人与謝野晶子の健やかな双脚をして思わずもすくませたりという凱旋門をめぐる恐ろしい自動車の疾駆は未だ見えず、二頭びきの乗合馬車がカツカツと二十世紀初頭の街路を通っている。 書簡註。ランガム・ホテル全景。第・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・と思うとやや暫く立ってから、カツ! カツ! という音が耳へ来る。 手元を見ながら音をきくと、ウツカツ! ウツカツ! というようだ。「ウツカツ! ウツカツ! ウツ……」 だんだん音が微かになると、目の下には茂った森が現われた。・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・これでは汽車の時間にカツカツだ、まずくすると乗り遅れるかも知れない、あの時時計が止まってくれなければよかった、などと思う。しかし電車はすぐ来た。それがまた思ったよりも調子よく走る。人の乗り降りがあまりないので停車場などは止まったかと思うとす・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫