・・・彼らの一人は相手の名前をいつもカリフラと称していた。僕はいまだに花キャベツを食うたびに必ずこの「カリフラ」を思い出すのである。 二四 中洲 当時の中洲は言葉どおり、芦の茂ったデルタアだった。僕はその芦の中に流れ灌頂や・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ 両側に軒の並んだ町ながら、この小北の向側だけ、一軒づもりポカリと抜けた、一町内の用心水の水溜で、石畳みは強勢でも、緑晶色の大溝になっている。 向うの溝から鰌にょろり、こちらの溝から鰌にょろり、と饒舌るのは、けだしこの水溜からはじま・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 向うには、旦那の熊沢が、上下大島の金鎖、あの大々したので、ドカリと胡坐を組むのであろう。「お留守ですか。」 宗吉が何となく甘谷に言った。ここにも見えず、湯に行った中にも居なかった。その熊沢を訊いたのである。 縁側の片隅で、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・高等小学校の理科の時間にTK先生という先生が坩堝の底に入れた塩酸カリの粉に赤燐をちょっぴり振りかけたのを鞭の先でちょっとつつくとぱっと発火するという実験をやって見せてくれたことを思い出す。そのとき先生自身がひどく吃驚した顔を今でもはっきり想・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・長いガラスの円筒の直径をカリパーのようなもので種々の点で測らせ、その結果を適当な尺度に図示して径の不同を目立たせて見るのもよい。これはつまらぬ事件のようであるが、実際自分の経験では存外生徒の実験的趣味を喚起する効果があるようである。あるいは・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・彼らはサンジカリズムないしアナルコサンジカリズムの思想をふりまいてゆき、小野も、三吉も、五高の学生たちも、また専売局の友愛会支部の連中も、革命が気分的であるかぎり一致することが出来ていた。ところが東京から「ボル」がいちはやく五高の学生に流れ・・・ 徳永直 「白い道」
「お前は好い子だネエ」とあたまをなでられたあとでポカリとげんこつをもらう。「ほんとうになんて可愛い子なんだろうネエ、まあこの形のいい頭は――」ポカリ又小さくて、固くて、痛いげんこをもらう。 ままっ子が根性の悪い母親に・・・ 宮本百合子 「この頃」
・・・立派な王冠の左右へ、虫の巣のように毛もじゃもじゃな黒い穴ばかりが、ポカリと開いていた。 その様子が非常に滑稽だったので、子供達や、正直な若い者は、皆、 王様は立派でいらっしゃるが、あの耳だけはおかしいなあ、と云ったり、笑ったりし・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・木の葉 サラサラ水はチラチラ夏の日にホッカリと浮く小さい御舟御舟に乗ったはどなた様小さい 可愛い 寿江子ちゃま――。 寿江子ちゃまは我が妹の名である。・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・「あの人と私は、どうせ違ったものになってしまうんだからかまうもんか…… あの人は云いなり放だいに奥さんになって子供をポカリポカリと生んで旦那に怒られ怒られて死んでしまうんだ。それよりは私の方がまだ考え深い生活をして行かれるに違いない・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫