・・・「ピー、カンカンか」 私はポカンとそこへつっ立っていた。私は余り出し抜けなので、その男の顔を穴のあく程見つめていた。その男は小さな、蛞蝓のような顔をしていた。私はその男が何を私にしようとしているのか分らなかった。どう見たってそいつは・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・セイラーは、カンカン・ハマーで、彼女の垢にまみれた胴の掃除をする。 あんまり強く、按摩をすると、彼女の胴体には穴が明くのであった。それほど、彼女の皮膚は腐っていたのだ。 だが、世界中の「正義なる国家」が連盟して、ただ一つの「不正なる・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉などもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。 耕一の家は学校・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・そしてカンカン鳴っています。 嘉助はやっと起き上がって、せかせか息しながら馬の行ったほうに歩き出しました。草の中には、今馬と三郎が通った跡らしく、かすかな道のようなものがありました。嘉助は笑いました。そして、と思いました。 そこで嘉・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・お空のひかり、おてんとさまは、カンカンカン、月のあかりは、ツンツンツン、ほしのひかりの、ピッカリコ。」「そんなものだめだ。面白くもなんともないや。」「そうか。僕は、こんなこと、まずいからね。」 ベゴ石は、しずかに・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
・・・ まっ黒な着物を着たばけものが右左から十人ばかり大きなシャベルを持ったりきらきらするフォークをかついだりして出て来て「おキレの角はカンカンカン ばけもの麦はベランべランベラン ひばり、チッチクチッチクチー フォークの・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・「ひるはカンカン日のひかり よるはツンツン月あかり、 たとえからだを、さかれても 狐の生徒はうそ云うな。」キック、キックトントン、キックキックトントン。「ひるはカンカン日のひかり よるはツンツン月あかり たと・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
・・・ あの茶色の畳の下駄を書生の手でなおされるのかと思うと、心苦しい様だし、又厚いふっくらした絹の座布団を出されても敷く気がしなかった。 カンカン火のある火鉢にも手をかざさず、きちんとして居た栄蔵は、フット思い出した様に、大急ぎでシャツ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・小学校だからチーチーパッパで、ときどきはやかましいが、清澄なやかましさで、神経には一向にさわりません。カンカンとよく響いて鐘がなったりしてね。窓から見ていると、友達にトタン塀の隅っこへおしつけられた二年生ぐらいの男の子がベソをかいて、何か喋・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 朝六時に、霜でカンカンに凍った道を赤い鼻緒の中歯下駄で踏みながら、正月になっても去年のショールに顔をうずめて工場へ出かける十一時間労働の娘さんをそういう会話の主人公として想像するのは困難です。どうも、ウェーヴした前髪、少くとも銘仙の派・・・ 宮本百合子 「ゴルフ・パンツははいていまい」
出典:青空文庫