・・・ヤマカン会社で、地方のなにも知らん慾ばりの爺さんどもを、一カ年五割の配当をすると釣って金を出させ、そいつをかき集めて、使いこんで行くというやり方だった。ジメ/\した田の上に家を建てゝ、そいつを貸したり、荷馬車屋の親方のようなことをやったり、・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・和田はだんだん何だかアテがはずれたようなポカンとした気持になって行った。 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・ストライキとデモで我等の前衛を奪カンせよ!」と書かれているビラを見た。ストライキとデモで……お君は口の中でくりかえして見た……我等の前衛を奪カンせよ。――日本中の工場がみんなその為にストライキを起したら、そうだ、その通りだと思った。お君は不・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・ただ、黙って、ポカンとしているだけ。そうして、そんな時の私は、人にもおひとよしに見えるだろうと思えば、なおのこと、私は、ポカンと安心して、甘えたくなって、心も、たいへんやさしくなるのだ。 だけど、やっぱり眼鏡は、いや。眼鏡をかけたら顔と・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・私が日本の諸先輩に対して、最も不満に思う点は、苦悩というものについて、全くチンプンカンプンであることである。 何処に「暗夜」があるのだろうか。ご自身が人を、許す許さぬで、てんてこ舞いしているだけではないか。許す許さぬなどというそんな大そ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・達者ニ在ッテハ何ゾ必ズシモ其遽カニ至ルヲ驚カン哉。 これは先日、先生から読み方を教えられたばかりなので、私には何の苦も無く読めるのである。「流石にいい句ですね。」私はまた下手なお追従を言った。「筆蹟にも気品があります。」「何を言・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・またこのゲンカンは竹林七賢人の一人の名だとの説もある。 ところがちょっと妙なことには、このゲンカンの文字を今のシナ音で読むとジャンシェンとなるのである。またこのコハシあるいはコフジに相当するものと思われる類似の楽器の類似の名前がヨーロッ・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・前途が全く暗くなってしまったら、とこんな事を思ってポカンとしていると、弟が来てくれた。そしてただもうなんという事なしに移ってしまった。」「夜弟と叔父さん所へ行く。こいつはもうだめだと思いながら、そのものに対する責任は尽くして行くといった・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・縁日の人出が三人四人と次第にその周囲に集ると、爺さんは煙管を啣えて路傍に蹲踞んでいた腰を起し、カンテラに火をつけ、集る人々の顔をずいと見廻しながら、扇子をパチリパチリと音させて、二、三度つづけ様に鼻から吸い込む啖唾を音高く地面へ吐く。すると・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・八畳ほどの座敷はすっかり渋紙が敷いてあって、押入のない一方の壁には立派な箪笥が順序よく引手のカンを并べ、路地の方へ向いた表の窓際には四、五台の化粧鏡が据えられてあった。折々吹く風がバタリと窓の簾を動すと、その間から狭い路地を隔てて向側の家の・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫