・・・「このすいれんをあげよう。クリーム色の花が咲くんだぜ。」と、木田が裏から持ってきました。「坊ちゃん、よく頭を刈りにきてくださいましたね。勉強してえらい人におなりなさいよ。」と、お父さんがいいました。 ちょうど一年たって、そのすい・・・ 小川未明 「すいれんは咲いたが」
・・・中風で寝ている父親に代って柳吉が切り廻している商売というのが、理髪店向きの石鹸、クリーム、チック、ポマード、美顔水、ふけとりなどの卸問屋であると聞いて、散髪屋へ顔を剃りに行っても、其店で使っている化粧品のマークに気をつけるようになった。ある・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ところが、クリーム色に塗ったナッシュという自動車のオープンで、それはふさわしくなくハイカラなものだった。俺は両側を二人の特高に挾さまれて、クッションに腰を下した。これは、だが、これまでゞ何百人の同志を運んだ車だろう。俺は自分の身のまわりを見・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・しかしこれらの店のおのおののコーヒーの味に皆区別があることだけは自然にわかる。クリームの香味にも店によって著しい相違があって、これがなかなかたいせつな味覚的要素であることもいくらかはわかるようである。コーヒーの出し方はたしかに一つの芸術であ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・去年はよく咲いたクリーム色のばらも今年はこのためにひどく荒らされてしまった。子供の時分に田舎の宅で垣根いっぱいに薔薇が植わっていたが、ついぞこんなに虫害を受けた事を記憶しない。都会の空気が濁っているために植物も人間と同じようにたださえ弱くな・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・家の前の道を、パッと陽の光りをはじけかしてクリーム色のパラソルがとおってゆく。もちろんパラソルにかくれた顔がだれだからというのではなくて、若い女一般にたいしてはずかしい。乞食のような風ていも、竹びしゃくつくりもはずかしい。「けがしたかい・・・ 徳永直 「白い道」
・・・近頃日本でも美顔術といって顔の垢を吸出して見たり、クリームを塗抹して見たりいろいろの化粧をしてくれる専門家が出て来ましたが、ああいう商売はおそらく昔はないのでしょう。今日のように職業が芋の蔓みたようにそれからそれへと延びて行っていろいろ種類・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」 みるとたしかに壺のなかのものは牛乳のクリームでした。「クリームをぬれというのはどういうんだ。」「これはね、外がひじょうに寒いだろう。室のなかがあんまり暖いと・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・されども遂にその苦行の無益を悟り山を下りて川に身を洗い村女の捧げたるクリームをとりて食し遂に法悦を得たのである。今日牛乳や鶏卵チーズバターをさえとらざるビジテリアンがある。これらは若し仏教徒ならば論を俟たず、仏教徒ならざるも又大に参考に資す・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・こっそり立ってクリーム色の壁のむこうを覗いて見たい気が頻りにした。――医者は動くことを禁じている。―― 彼は、指先に力を入れてジーッとベルを押した。 跫音がして扉が裏側にれんをはりつけて開いた、彼女は、今度も把手に左手をかけたまま、・・・ 宮本百合子 「或る日」
出典:青空文庫