・・・プルシャンブリューでは無論なしコバルトでも濃い過ぎるし、こんな空色は書きにくいと小山はつぶやきながら行った。 野に出て見ると、秋はやはり秋だ。楢林は薄く黄ばみ、農家の周囲に立つ高い欅は半ば落葉してその細い網のような枝を空にすかしている。・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・こんどは、黒のラシャ地を敬遠して、コバルト色のセル地を選び、それでもって再び海軍士官の外套を試みました。乾坤一擲の意気でありました。襟は、ぐっと小さく、全体を更に細めに華奢に、胴のくびれは痛いほど、きゅっと締めて、その外套を着るときには、少・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・ぎょっとして振りむくと、馬場の右脇にコバルト色の学生服を着た背のきわめてひくい若い男がひっそり立っていた。「おそいぞ」馬場は怒っているような口調で言った。「おい、この帝大生が佐野次郎左衛門さ。こいつは佐竹六郎だ。れいの画かきさ」 佐・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・寝ころんで本を読んでいると白いページの上に投じた指の影が、恐ろしく美しい純粋なコバルト色をして、そのかたわらに黄色い補色の隈を取っているのを見て驚いてしまってそれきり読書を中止した事もある。またある時花壇の金蓮花の葉を見ているうちに、曇った・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ 午後には海が純粋なコバルト色になった。四月十一日 きょうは復活祭だという。朝飯の食卓には朱と緑とに染めつけたゆで玉子に蝋細工の兎を添えたのが出る。米国人のおばあさんは蝋とは知らずかじってみて変な顔をした。ハース氏に聞いてみると・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・隙間もない茂りの緑は霜にややさびて得も云われぬ色彩が梢から梢へと柔らかに移り変っている。コバルトの空には玉子色の綿雲が流れて、遠景の広野の果の丘陵に紫の影を落す。森のはずれから近景へかけて石ころの多い小径がうねって出る処を橙色の服を着た豆大・・・ 寺田寅彦 「森の絵」
・・・川の両岸に錯雑した建物のコンクリートの面に夕日の当たった部分は実にあたたかいよい色をしているし、日陰の部分はコバルトから紫まであらゆる段階の色彩の変化を見せている。それにちりばめた宝石のように白熱燈や紅青紫のネオン燈がともり始める。 白・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・「お日さまは、今日はコバルト硝子の光のこなを、すこうしよけいにお播きなさるやうですわ。」 しみじみと友達の方を見ながら、もう一本の黄色なダァリヤが云ひました。「あなたは今日はいつもより、少し青ざめて見えるのよ。きっとあたしもさう・・・ 宮沢賢治 「まなづるとダァリヤ」
・・・ 見て知らん振 銀座 雨もよい weekday の午後一時すぎ むこうから特長のある石川湧の鳥打帽 タバコをふかしつつ コバルト色のコート 傘の若い女と並んで歩いて来る、女私の前を通すぎるとき 傘を傾けて顔をかくして・・・ 宮本百合子 「心持について」
・・・ 笑い声の中に立ち上って、がっちりした体にコバルト色シャツのアーシャが、抑揚は本もののプロレタリアート詩人らしい弾力で、原稿を読みあげる。「きられる鉄片の火花と音楽。さまざまな形で社会主義建設の骨格になり輪となり、起重機となり、鋲と・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
出典:青空文庫