・・・All right……All right……All right sir……All right…… そこへ突然鳴り出したのはベッドの側にある電話だった。僕は驚いて立ち上り、受話器を耳へやって返事をした。「どなた?」「あたしです。あ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ 名所旧跡の案内者のいちばん困るのは何か少しよけいなものを見ようとすると No time, Sir ! などと言って引っ立てる事である。しかしこれも時間の制限があってみれば無理もない事である。それでほんとうに自分で見物するには、もう・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・「精ドーダ面白いか。」「あつい」と云いつつ藁帽をぬいで筒袖で額を撫でた。「サーそろそろ行きましょう。モット下へ行って見ましょ。」小津神社の裏から藪ふちを通って下へ下へと行く。ところどころ籾殻を箕であおっている。鶏は喜んであっちこちこぼれた米・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
・・・ 少し喘息やみらしい案内者が No time, Sir ! と追い立てるので、フォーラムの柱の列も陳列館の中も落ち着いて見る暇はなかった。陳列館には二千年前の苦悶の姿をそのままにとどめた死骸の化石もあったが、それは悲惨の感じを強く動かす・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・と降参人たる資格を忘れてしきりに汗気かんきえんを吹いている、すると出し抜に後ろから Sir ! と呼んだものがある、はてな滅多な異人に近づきはないはずだがとふり返ると、ちょっと人を狼狽せしむるに足る的の大巡査がヌーッと立っている、こちらはこ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・頻りに尾を振り、前になり、後になり、真白な泡になってサーと足許に迫って来る潮を一向恐れず元気に汀を走るのが海辺の犬らしかった。父がやがて、「気をつけなさい。狂犬だといけないよ」と注意した。 晴子が、「狂犬だって!」と、大笑い・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・葭簀ばりの入口に、台があって、角力の出方のように派手なたっつけ袴、大紋つきの男が、サーいらっしゃい! いらっしゃい! 当方は名代の三段がえし、旅順口はステッセル将軍と乃木大将と会見の場、サア只今! 只今! せり上り活人形大喝采一の谷はふたば・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・は、たしかにこんにちドライサーのテーマとしたところから前進している。「ブルー・ラプソディー」にまで。 こうつきつめてみると、日本の作家が「スタインベックの程度」にかかないということも単純でなくなって来る。 世界の現実に対して、理性が・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・往来は一緒に歩いて来た七つ八っつの男の子と女の子たちが校門へ入ると同時に、サーと二つに分れる。 便所ではあるまいし、入口がフランスの小学校には別々に二つあるのだ。「女の子」「男の子」。 そのフランスにいたとき、語学の教師がこういうこ・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・「私そんなことはどうでもいいから、早くよそに行きましょうよサー」「いや、日が暮れてもここに居るワ、私の帰りたくなるまで……だけど私、貴方がすきなんだからいい」 私達はいつの間にか歩き出してこんな事を云いあって居る。お敬ちゃんはた・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫