・・・手加減しないとさっき言ったが、さすがに、この作家の「シンガポール陥落」の全文章をここに掲げるにしのびない。阿呆の文章である。東条でさえ、こんな無神経なことは書くまい。甚だ、奇怪なることを書いてある。もうこの辺から、この作家は、駄目になってい・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・海軍へはいった一人は戦死しなかった代わりに酒をのんでけんかをして短剣で人を突いてから辞職して船乗りになり、シンガポールへ行って行くえがわからなくなり、結局なくなったらしい。若くて死んだこれらの仲よしの友だちは永久に記憶の中に若く溌剌として昔・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・ 三 シンガポール四月八日 朝から蒸し暑い。甲板でハース氏に会うと、いきなり、芝の増上寺が焼けたが知っているか、きのうのホンコン新聞に出ていたという。かなりにもう遠くなった日本から思いがけなくだれかが跡を追っ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ シンガポールやコロンボの暑さは、たしかに暑いには相違ないが、その暑さはいわば板についた暑さで、自然の風物も人間の生活もその暑さにぴったり調和しているので、暑さが美化され純化されている。今思いだすだけでも熱帯の暑さの記憶は実に美しい幻影・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・自分はこのような植物の茂っている熱帯の樹林を想像しているうちにシンガポールに遊んだ日を思い出した。椰子の木の森の中を縫う紅殻色の大道に馬車を走らせた時の名状のできない心持ちだけは今でもありあり胸に浮かんで来るが、細かい記憶は夢のように薄れて・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・ほんのわずかな経験ではあるが、シンガポールやコロンボでは涼しさらしいものには一度も出会わなかった。ダージリンは知らないがヒマラヤはただ寒いだけであろう。暑さのない所には涼しさはないから、ドイツやイギリスなどでも涼しさにはついぞお目にかからな・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・日本の軍事行動はシンガポール占領、ビルマ、ジャワ占領と、最も侵略の拡大された時期であった。軍需産業の病的な拡大のために企業整備がはじまり、民間の日常必需品の統制が開始された。前年十月に成立した東條英機内閣はこの時期、彼等にとってもっとも・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・ 良人がそれを云い出した時、丁度ロザリーは銀行からシンガポールに出張を命ぜられたところでした。彼女は仕事のことだから当然として承諾しました。けれども、良人は、結婚後始めて、「女は違う、子供をどうする?」と云う言葉で快諾しません。ロザリー・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・六、七年前銀座裏で食事をして外へ出たとき、痛切にシンガポールの場末を思い出したことがある。往来から夜の空の見える具合がそういう連想を呼び起こしたのかと思われるが、その時には新しく建設せられる東京がいかにも植民地的であるのを情けなく思った。し・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫